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選ばれたこと 一
  『お前だ』



白い霧の中を散々迷う夢の中 その声を聞いた。
誰かはわからない。姿もみえない。ただ、声だけははっきりと私を呼ぶ。
いつのまにか、毎日その夢を見るようになっていた。
いつまでも変わらぬ白い霧を手探りの中 だんだん私はその声に強く惹かれるようになってきた。夢とわかっていても。
誰が私に呼びかけている?
夢の中で私は、その声の主を探す。
ばかばかしいと思いながら、やめるつもりはない。

でも、幾日たっても霧が晴れることはなく、夢の中では何の手掛りもなかった。

夢の中では。


 
 



相方が最後の標的の息の根をとめた。遅い。

「おわったよ メイプル」

何が終わった、だ。遅いんだよ。
今回の相方は、能力が低いくせに自分を過大評価した野郎だ。私なら半分の時間で済む仕事だというのに、こんなに時間をかけやがって。

「フン」
「つれないな。まあそれがいいっちゃいいんだが」

うぜえんだよ。

「ゥ…」

心の中で呟いた声に答える様に、うめき声がした。
ちらりと足元を見やると、びくびく痙攣してる奴が居る。

「何が『終わった』だ。まだ生きてるじゃねぇか。それくらい見極めやがれ ボンクラが」
「なっ…」

奴がむっとしながらも、まだ息のある足元に転がった奴にとどめを指す…
よりも早く、私のナイフが その 残っていた命を絶った。

「もういねぇな。貴様、ツメが甘ェんだよ。」
「…チッ」

そりゃそれ以上何も言い返せないだろう。私のほうが能力は段違いに上だ。

「帰るぜボウヤ。」

そう言った瞬間、奴が私の後ろから口を塞いで来た。わかりきっていたから避けない。

「…気に入らないんだよ」
「…」
「お前、今日部屋で待ってろよ。それとも今ここででもいいんだぜ。死体が柔らかいベッドにでもならァ」

それで脅しているつもりなのか、私の首にナイフをぴったりとつけてさらに耳元に生暖かい息と声を吹きかけてくる。気持ち悪い。

「なァ メイプル」

誰だよそれ。うっとうしい。
痛い目に会わせて連れて帰るか。

その時だった。



  『お前だ』



反射的に私は顔を上げた。首筋にぴったり密着していたナイフが薄く刺さる。
でも痛くなどなかった。間違いなく今聞こえたのだ。あの声が。

「おい 聞いてるのか?チッ ちょっと切れちまったな…」
「…」

こいつには、聞こえていない。
そして私も、こいつの声など聞いていない。



  『お前だ』



ああ、ここはいつものように霧の中でもなければ、夢の中でもない。ハッキリと、方向がわかるのだ。
あちらから 私を呼ぶ声がする、と。

「…イイってことだな おい」

何かが私の首を絞めながら 何かがねっとりと耳にからみつき 別の何かが私の唇をこじあけて入ってきた。
邪魔だった。

「ヒッ」

口の中にあるものを噛み千切り、後ろにあるものを真っ二つにして私は走り出した。何か隙間風のような声が聞こえたが、どうでもいい。
もう仕事もどうでもよかった。私には関係ない。私は神になるのだから。

…神?

走りながら、妙な事を思うものだと自分で考えた。
口の中に、さっき噛み千切ったものが残っていたのが気持ち悪くて、吐き出した。指だった。
ああ、さっきの男 死んだのか。
まあいいか。




  『お前だ』




そう、私だ。

選ばれたのは私だ。



| 創作覚書 | 23:06 | comments(0) |
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