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故郷からの客
「ビショップ、お茶を…」
「…ありがとう」


デュカ様とお話がしたいのですが、と擦り切れたローブを纏った奇妙な人物が訪ねてきたのは、30分程前のことだった。
突然の、しかも顔もわからない来訪者に私たちは驚いて訝しんだけれど
「大丈夫だから、丁度いいし休憩がてら散歩でもしていらっしゃいな」
と、年下の上司に促されて。
大丈夫かとは思ったけれど、邪魔はできないし、万が一刺客だったとしても 最高神官の名を持つ上司にあんな簡単には挑めないだろう。
わかりました、と頷いて、突然のお客様に席とお茶を勧めてから 私は執務室を出た。
でも…あまり執務室から離れる気はない。
安心はできないのだし、扉が見えるところで休むのが妥当よね。
そう思った私は、近くの中庭のベンチでクッキーを食べながら待っていたわ。

…あのお客様は一体何者かしら?深くフードを被っていたから顔はわからなかったけど、声からしておそらく若い男性だと思う。
…ビショップのファン?
考えられる。というかここ最近 上司にやたらファンが増えてきている気がするわ。
彼女と一緒に仕事をしてきて13年。
身長こそあまり伸びなかったものの、「女の子」はすっかり「女性」になって。
思っていたよりもずっときれいに成長した姿をおもうと、まるで私がお母さんみたいに嬉しくなるわ。
凛とした容姿のままに、実力は高く、性格は厳しくてきっちりとしている。
けれど、他人への心配りは本当は細やかだ。
顔に似合わぬきつい物言いでとてもそうは見えないのかもしれないけれど。
新しく入ってきた神官見習いの子や、協会にくる方や、そのお振る舞いのパンなんかを焼く手伝いをしてくれる年配の方まで…
男女問わず、彼女はいつのまにか憧れの的になっていて。
その容赦ない厳しさや、一見近寄りがたい雰囲気も、逆に高嶺の花として彼女を飾っている。
だからこそ、身近な人物しか気付かない…その姿の影にもっと輝くものがあるのに、それは霞んでいると相変わらず感じてしまうけど。

…ほんと、私は上司を娘だと思うくらい、ずっと一緒にいるのね。
そして私は、あの子をとても愛しているんだわ。

昨日焼いたお振る舞いクッキーの余りを齧りながら、ぼんやりと待つこと20分強。
執務室の、扉が開いた。

相変わらず顔は見えないローブの人物は、私に気付いてお辞儀をし、去った。
彼が見えなくなるのを見届けて、私は執務室に戻った。













ビショップ、と声をかけようとして、できなかった。
部屋全体が重い空気に包まれて…私が部屋を出る前とは全く違う部屋のよう。
そしてビショップ自身も、細い肩をおとし、項垂れていた。

…きっと、良くない話だったのだわ。

何か良くないことだったのは間違いない。
けれど、私に気づいているのだろうか…俯いたままの彼女に、いきなり喋り掛けることはできなかった。
寒く感じる部屋に身震いした。そうだわ、暖かいお茶を…

そっと、小さな給湯室に移動して、温かいお茶を出す準備をしながら、彼女を見る。
私が部屋に入ってから、微動だにしていないような気がした。
顔色も、なんだか悪いんじゃないかしら…
長い髪で表情はわかりにくいけれど、ひどく疲れて疲労の色が濃く見える。


「ビショップ、お茶を…」
「…ありがとう」

ようやく彼女が顔を上げて…無理して微笑んだ。

「大丈夫ですか…?」

いきなり聞くまいと思っていたけど、あまり見たことのないそんな笑みを返されては、我慢はできなかった。

「もう大丈夫。 …急にごめんなさいね アナマリア」
「何の話だったんです?さっきの方はどなた…?
…いえ、差し支えなければでいいのですけど…」

ビショップは少し考えている。聞きすぎたかしら…

「ちょっとお話があるの。どうぞ座って。」

…よかった 大丈夫みたい。
私は自分の椅子に座って、自分のお茶を少し含んで口の渇きを癒した。
ビショップも一口、飲んで…  深く深呼吸をして、私を見る。

「…アナマリア。三ヶ月ほど あなたにここを任せたいのです。」
「…ビショップ?」
「全神官への指示も、まつりごとも、全部。あなたは一番わかっているから、あなたに任せたいのです。 …補助として、ニナとトライアンフを呼びますわ。
お城の方はトライアンフに、町の方はニナに…指示次第であとは判断して動くはず。
その上に、あなた。
…三ヶ月で帰って来ます。…ごめんなさい、唐突にこんな我侭を。」
「いえ!いいえ… 忙しい時期ではないのですし、そこまで手配して下されば十分ですよ、ビショップ。でも…どうして?何処へ行かれるのです?」

そう。どうして、だ。
たしかに唐突な話だけれど、手回ししてもらえたのだから忙しさはさして変らない。
そして、私もビショップも、お互いを信頼している。
私たちが13年で育んだものは、親子のような関係でもあり、上司と部下としての関係でもあり、お互いそのものを信頼できる安定した思い。
私はきちんとビショップの代りを務めると、迷い無く決めたわ。
だから、その三ヶ月彼女はどうするのかと、こんなに急に何があったのかと…
純粋に個人として心配になったのよ。

私の問いに、彼女は一瞬迷ったような表情をし、すぐにいつもの凛とした顔になって、こう言った。

「さっきの方は、私と同族ですわ。勿論同族が尋ねてきたのは初めてです。
…あの方のローブの下には、私と同じ色の瞳と同じ耳がありました。
私と同い年くらいの男性でしょうね。…彼は、同族を代表して私の所へ来たと。」

抑揚の無い声で淡々と、彼女は言った。
たしかに、あのローブ姿…姿を隠したいのだとは思っていたけど…。
…今になって、一度も姿を現さなかった種族が彼女の元に現れるなんて。
そう、一度も。
幼い頃からこの国で、親元を離れて育ってきた少女なのに、だ。

私の上司は人間ではない。リンクル、という 人に似た種族だ。
決して繁栄している種族ではないけれど、たまに町で見かけたりするので、希少種族という程でもない…と思う。
閉鎖的でもなく、そこそこ友好的な種族だと…昔本で見たことがあるわ。
だから、どうして彼女の元には親も現れないのだろうとたまに思っていた。
そして今日、彼女は赤ん坊で世界に放り出されて、20年近く生きて初めて…
自分の仲間からのコンタクトを受けて…
…つまり?

「…何か、大きな問題でも起こったんです…?」
「…。……一族の生き残りはもう数えるほどしか居ないと。
彼は危険を冒してここまで来て下さったそうです。恐らく、私が行くのも危険でしょう…。一族は昔から分裂していて、その片方の勢力が急激に膨らんで…バランスを崩して、どちらの数も極限まで減っていったと…聞きましたわ」
「…内部分裂ですか…。
ビショップの耳に入ってはこなかったのは 一族を離れているからでしょうね…。
…でも、どうしてあなたを?今その中に飛び込むのは危険と解っているなら…」

そこまで言って、私は言葉を続けるのをやめた。
危険でも、いかなくてはならないのだわ、この子は。
一度深呼吸をした彼女の唇が、ゆっくりと次の言葉を紡ぐ。

「…片方の勢力が膨らんだ時、急先鋒となっていたのが… 私の両親だったと…。

 …そして、先日… 討たれて 二人とも亡くなったそうです」







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