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深い霧のあいだ
陛下がここを訪れるのは、そう珍しいことではないわ。
しょっちゅう、と言ってもいいのかもしれない。それでも、陛下がまだ「殿下」であったころよりは減っているわね。
今日も、唐突に陛下はいらしたわ。

 
「お疲れ様、アナマリア!仕事どお?」
「まあ、これは陛下。 大丈夫ですよ、今のところ目だった問題もありませんし、皆ビショップの居ない間の穴をうめようと頑張っておりますから。」

お茶をお入れします、と陛下に席を勧めて、私は給湯室に移動した。
陛下は応接用のソファに座って、持っていらしたノートを広げたわ。
あのノートには見覚えがある。陛下の謁見用のノートで、陛下がお好きな可愛らしいヒゲの絵と、ヒヨコの絵――陛下がお好きな殿方が、ヒヨコの帽子を被っているの――が、表紙を立派に飾っているわ。よくビショップが謁見のメモを代筆しているの。
ビショップの育てたハーブでお茶を入れながら、私は陛下の言葉に耳を傾けた。

「ありがとねアナマリア。ゴメンね。」
「陛下…?」

お砂糖を二杯いれたミントティーは、陛下が来たらビショップ自ら入れるもの。
ビショップが三ヶ月の休暇を取り、故郷へ旅立ったのは三日前のことで、ビショップ不在の間は私の役目ね。
三ヶ月この国をはなれるのはもう一人、私の夫のオルフェ。ビショップ達の護衛を勤めることになっているの。
…きっと、今の陛下の「ゴメンね」は、それに対してだろう。
ミントティーを受け取る陛下は、本当に申し訳なさそうな表情だったから。

「ありがとう。  …あのね、オルフェを三ヶ月も… あなたに一番負担がかかってしまうでしょう。後悔してるのよ…。どうしてあんなに早く決めたのかって」

いつも、弱冠26歳とは思えない類稀な決断力を見せる陛下には、後悔は珍しいことだった。でも、私自身夫に護衛をしてと頼んだし、きっと一番適役だと思う。ビショップを知っているし、腕も確かよ。
陛下もきっとそう考えられたのだろうけれど、いつも溌剌と…そう、女王というのを忘れさせるくらい明るくて元気な彼女の面影が、今日はとても薄い。
どこか不安そうにすら見えた。こんな表情をする方だったかしら?

「陛下、私は大丈夫です。 それに、私自身…夫に頼みました。ビショップを守って欲しいと。…胸騒ぎがして…」
「…そっか。そう言って貰えるなら、よかったのかな。 アナマリアも不安な感じがしたのね。」

ミントティーを啜りながら、やっぱりデュカが心配なのよね、とつぶやく陛下。
ウェーブのかかった、長くてまばゆい銀髪を耳にかける仕草を見ながら、私はふと違和感を感じた。

「…も、ということは、陛下もですか?」
「そ。とはいっても、なんか今朝から胸騒ぎがしたんだけどね。胸騒ぎっていうか、ココだけど。」

そういって彼女は、自分の額を指差した。
陛下の額には、薄紫の紋様がある。
千里眼のようなものが封印されていて、第六感がはたらくのだと、聞いているわ。
数年前までは頬にも同じ色の紋様があったのだけれど、女王に即位したときには消えていた。詳しくは知らないのだけれど…

「謁見の時も、終わってから何か変な感じがしたのよね。その時だけだったけど… なんか今朝からまた。」
「そうですか…」

陛下とは違い、私はずっと… ビショップの所に来たローブの青年をみてからずっとだわ。何か…そう、不安だったの。
いつのまにか私達は、どこか悲壮感のある表情で顔を見合わせていた。

「やっぱり…どうも不安ね」
「…そうですね。 何か…得体の知れない何かに心を揺さぶられているような…」
「アナマリアもそうか…。 …いつもいるデュカがいなくなって、確かにそれもあるんだけど、何かもっと、別の何かを感じるのよ。なんで今まで何も感じなかったのかがわかんない。」
「…」
「でもあなたはずっと不安だったのよね。」
「…はい。あの、使者の方が来てから…事情が事情でビショップも沈んでいましたし…」

何が謎なのかはつかめないけれど、私達の会話は謎を解いていくそれになっていたわ。それは、この不安感を曖昧なものにしたくないからでもあったし、ビショップと夫に得体の知れない影が近づいている気がしたからでもあった。
…不思議と、ビショップ達を案内する女の子はさして気にならなかった。私、こんなに薄情だったのかしら…

「…そんなにデュカは沈んでいたの?」
「はい… やはり、会ったことがないとは言っても…ご両親の事ですもの。」
「…?」

ふと陛下を見れば、不思議そうな顔が私を見ていたわ。
…ビショップは、陛下に詳しいことを喋っていないのかしら?
少しの沈黙のあと、彼女は意外そうに呟いた。

「もう、デュカと話したの?あの、ルクスって子。」
「…?」

今度は私が不思議そうな顔をする番だった。
話が―――かみあわない。

「ルクスさんって、あの案内役の女の子ですよね…?」
「うん、そう。 その子、デュカと親の話をしたの?」
「いえ、そこまでは…ご両親の話は、使者の方に…」
「…使者って、あの子一人のはずよ。そうじゃないの?」

急に、その場の空気が私たちを嘲笑ったような気がした。
ちがう。私たちは、根本的に何かを間違えている…


少し間をあけて、陛下が…私を見たわ。

「多分私たちの認識してる事は、ずれてるわ。整理するから、答えてねアナマリア。」
「はい。」

陛下はノートを開き、素早く目を走らせる。

「…デュカを誘いに来た使者は、あのルクスではないのね?どんな人?」
「はい。来た時にはローブを被っていたので顔はわかりませんが、青年です。ビショップは顔を見ていますので、間違いはないでしょう。」

ノートに指をすべらせながら、陛下は顔をしかめたわ。

「…もうダウトってとこね。ルクスは、一人で来たって言ってたわ。」
「ウソってことでしょうか…?使者の青年は、もう一人女性と来ていて、カムフラージュでその女性が案内役をすると…たしか言っていました。きっと、ルクスさんの事だと思います。それを聞いていたから、ビショップも疑いなく出発したんです…」
「…なるほど、カムフラージュか。狙われる可能性が大きいってことよね。ルクスは安全だって言ってたけど。…その青年はリンクルだったの?」

どうだったかしら? 私はあの日を思い出そうとした。
すぐには思い出せなくて、ぼんやりと霞がかったような感覚…
けど、ゆっくりと状況は鮮明に見えてくる。
そうだわ、たしかビショップは…

「…はい。 同族だと聞いています。」
「デュカが必要である理由は何か聞いてる?」
「…。リンクルの、内部分裂だと聞いています。 二つに分れていて、その片方の勢力のトップが… …ビショップの両親だと。」

陛下の表情は、どんどん険しくなってきているわ。
ひとつためいきをつく、彼女。

「…ルクスから聞いてるのと全く違うわね。 ご両親をとめる為に連れ出されたの?」
「いいえ…ご両親は、討たれて亡くなられたそうです。詳しいことまでは、聞いておりません…弔いもあるでしょうし、分裂を和解させるためだとは思いますが…」
「私は種族の集会って聞いてる。 …とりあえず、疑っている場合じゃないわね。
使者が二人いる時点で、ルクスの言葉はウソ。
案内役が女ってわかっているなら、デュカを誘った使者はルクスを知ってるはず。
ルクスは、デュカと接触はせずに当日初めて顔をあわせた。誰かがデュカを誘ったことを知っているからね。」

…もうどちらがウソをついているかなんて、問題ではなかった。
陛下がノートを閉じたわ。

「これ以上答えあわせしても、同じだわ。 アナマリア、すぐに神官を二人ピックアップして。ヒポグリフを出すから、扱えるのが条件よ。警備隊からの四人とで小隊を組むわ。神官一人は小隊のリーダーに。全員集まって一時間で説明とヒポグリフの準備。二時間半後に門の銅像前で出発は三時間半後。できる?」
「はい!直ぐに手配します。」
「じゃあ私は警備隊の調整をしてくるわ!デュカ達が発ってもう三日たってる。ヒポグリフなら追いつくはずだから!」

言いながら、陛下はもう部屋を飛び出していたわ。
私も、三分後には神官名簿と睨めっこをしていた。

ああ、どうして?
こんなに矛盾があったのに、どうして気付かなかったんだろう。
そうだ、さっきも感じたじゃない。
記憶に、もやがかかっているのを…


神官の名前を書き出しながら、私は夫と上司の無事を祈った。

不安も悪い予感も、強い祈りにかえて。



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