<< 連れてった | main | 怒涛のバトンラッシュイレブン その1 >>
むかえにきたの
異常だった。
それなりに事情は知っていて、でも以前はそれでも大丈夫なんだと思っていた。
それがいざ数年ぶりに帰ってきたらどうだ。
状況は悪化し、大丈夫だと信じていた絆は欠片もなくて。
小さい頃から私にくっついていて、妹のようだった従妹は…


隔離されたこの部屋は、およそ人が住んでいるようには見えない無機質さだった。
ここに住むのが私でも、もう少し生活感は出るだろう。
可愛いものを好む従妹の、昔の部屋を思い出すほど…この部屋の主があの従妹とは思えない。

だが、この部屋の冷たいパイプのベッドで眠るのは…従妹。

呆然としていた私に、私を案内してくれた伯母が「扉を開けっ放しにしないですぐに入ってちょうだい」と…若干イラつき気味に、唸る。
私は彼女を一瞥して、部屋に入り扉を閉めた。伯母がさっさと去るのが気配でわかる。
…3年前、彼女はあんな人だっただろうか。もっと優しくはなかっただろうか。
いや、伯母だけじゃなくて、伯父も逃げるように部屋にこもってしまった。苦笑いとそこそこの挨拶だけみせて。
優しかったにせよ本性を隠していたにせよ、もう今は彼らを信用することはできなかった。



ベッドで眠る従妹は、3年前からさほど成長していないように見えた。
もう12歳になっているのに、とよく見れば気付く。やつれているのだと。
寝息は息苦しそうではなく、安らかだ。
今は特に病気はしていないけど、といったのは伯母。きっと、しょっちゅう病気にかかっているのだろう。抵抗力が弱くなっているのだろうか。病気がちなのは昔からだけど、ここまでではなかった気がする。

ベッドの横にパイプの冷たい椅子をおいて、座る。
部屋をぐるりと見渡せば、白い壁ばかり。調度品なんて、ベッドとこの椅子、引き出しもないサイドテーブル。部屋は白いはずなのに、明るくはない。
よくみればサイドテーブルには、何の変哲もないランプがあった。
点けようと手を伸ばして気付く。まだ昼間だと。
この部屋の窓は、天井近くの、ただのガラス張りの四角い穴。
ここは部屋にみせかけた牢獄だった。


そっと、従妹の手を握ってやる。
僅かに瞼が痙攣したが、起きる様子でもない。
もとより起こすつもりでもなかったので、私はそのまま目を閉じた。




ぎゅ、と手が握られる感覚で、私は目を覚ました。
そちらを見ると、従妹が私を見ている。

「お姉ちゃん…おかえり」

微笑む従妹の笑顔は、弱弱しい。

「…ディム」

私も微笑みを返す。以前よりも細く感じてしまう手を、こわさないように握って。

「起きなくていい。辛いだろう?」
「ううん、今は平気。」

ベッドで従妹…ディムが起き上がる。やつれて細い体が際立つ。

「ね、旅は終わったの?」

目を輝かせて聞くこの子に、心が痛んだ。
三年前にこの土地を離れようとしたとき、私も連れて行ってと寂しそうに言っていたこの子を思い出す。あの時に、連れて行ってあげればよかったのかもしれない。

「終わったわけじゃないけど、ひと段落ついた。だから…」

…そう。だから。
大好きな父が亡くなってすぐ、家族のいなくなった私は旅に出た。
この三年間で、私は楽器ひとつで生活に困らない程度かそれ以上のお金を稼げるようになった。
私がディムを連れて行かなかったのは、自分一人養えないのにこの子を連れて行く資格はないから。そして、この子と両親の絆を…深層にはあるのだと…信じていたからだ。
でも、その両方の理由はもう今は無い。

「…だから、今度はディムも一緒に行こう。」

私は従妹を見つめる。
彼女は一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐにそれは消えた。

「ありがとう、お姉ちゃん。でもね、私ね…私」
「ディム?」

痩せた体が、震えている。私を握る細い手に、頼りない力が篭る。

「私ね…この部屋からあんまり出ちゃいけないの。外の空気は、体に毒なの。それにね、その、私ね。  もうすぐ死んじゃうの。」

目の前が真っ白になりそうだった。
せいいっぱいの笑顔を作っているディム。声も肩も震えてるのに!

「病気がくるたびに、熱のでてる日が長くなるの。近くのお医者さんにも、人間じゃないから詳しくはわからないって。外国の大きな病院のね、紹介状もらったよ。でもね、ママとパパが…お金がないから、もうすこし我慢してねって。それが二年前。 それでね、私にこの部屋作ってくれたのよ。外の空気は体に毒だから、ここにいなさいって。」

空気が毒なら、この部屋こそ毒だ。街中ならいざ知らず、空気の綺麗な田舎なのに。空気を入れ替える窓すらないのに。何より、部屋を増築するお金があるなら病院で診て貰うなんて簡単なのに!
違う、どうして気付かないの…と思わず言いそうになる。でも言えなかった。
この子はわかってないんじゃない。意識していなくても、全部本質ではわかっている。でも、恐ろしくて口にできないのだ。母親も血の繋がっていない父親も、自分を必要としていないと。
だからこの子はせいいっぱい、両親が愛してくれるフリをしてくれるように努力しているのだ。無意識のうちに。

「ここ一か月、少し調子がよかったの。だから私、内緒でお医者さんに行ったの。そしたらお医者さんが驚いて…  あのね、私あと数回大きな病気にかかったら、私」

もう、笑っていない笑顔は消えていた。
強く抱きしめる私に驚いて、ディムの言葉はそれ以上紡がれなかった。
ただ嗚咽だけが、耳元に響いた。

「ディム。一緒に行こう。」

小さな従妹が、泣きながら頷いた。


| 創作覚書 | 04:43 | comments(0) |
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