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白を追う者 三
結果から言えば、何一つ手がかりはなかった。
あたりをさらっと見て回ったニナは落胆しながら歩いている。
その後ろを、さらに落胆したような、もっと言えばこの世の終わりのような顔をした、今年入ったばかりの神官見習いがついてくる。

「すみません、ニナさん…僕お役にたてなくて…」

表情の暗さに輪をかけて、泣きそうな声でヨハンは謝罪した。
気持ちはわかる。たかが見習いが、こんな精鋭部隊に入っているだけで、まあ肩身はせまかろうと。しかも買われたのは色視能力だけで、それ以外には、まあ、はっきり言えば役にたつ要素は皆無だった(あえて言うなら若さかもしれない)。
似たような体験を、ニナは何度かしている。
いちばん新しい記憶では、そう…ニナの部下トライアンフが、数年前に慣れぬ仕事で大失敗をした時だった。あのときの奴も、ほぼ半泣きだったわねえ…と、なんだか懐かしい気がした。直後、キモい!と思って記憶を振り払う。

 
 
「あんたさ」

行く先に仲間達が見えてきたところで、ニナはくるりと振り返った。
びくりと、ヨハンがかたまる。

「いや、怒んないから。」
「は、はいっ」
「いやごめんやっぱ怒るわ。これだけきくけど、あんた精一杯やってないの?」

じろっと、自分より背の低い上司に睨まれたヨハンは、子犬か何かのようだ。
大慌てで首を振り、彼は即座に否定する。

「とんでもないことです!ただその、僕何のためにきたんだろうって…ただの足手まといになっ」
「じゃあいいじゃないええいうっとうしい!やれるだけのコトやってんでしょ!?あんたは色視能力者でほかのみんなにはできないことしてんでしょ!」
「ご、ごめんなさい、でもそれでお役にた…」
「いっときますけどね、うらやましくなんかないわよ!!」
「へ?」

ビシッ!!!と効果音がつきそうな感じで、ヨハンを指差すニナ。
対するヨハンは、多分これが「鳩が豆鉄砲食らった」顔だろう、という表情で後ずさる。

「うらやましくなんかないっていってんの!あとあんたが一生懸命やってるならいいって言ってんの!!あんたが頑張って色見てる間、私なんて何ッにもしてないんだから!」
「ひえええ、すすすすみません、そんなつもりじゃ…」
「それくらいわかるわよ!どうせ色視能力以外でお役になてていないし、とか思ってんでしょ!さっきもいったけどね、あんたに期待してるのは色視能力だけ!それを駆使してりゃいいのよ、仕事なんだからね!その上で手がかりがつかめなかったのは、手がかりを残さないあの女が悪い!あんたは安心して色だけ見てなさい!私達は、それ以外の事であんたをサポートするためにいるんだから!」
「は、はいっ」
「いいことヨッちん。あんたはあんたのできることをやる。私達は私達のできることをやる。あんたにだってちゃーんと出張手当てが出るんだから、余計なこと考えずにやりなさい。そんでいいのよ。いつまでも緊張してたらしんどいだけよ!」

バシン!と威勢よく、ニナはヨハンの背中をはたく。
怪力の一撃に咽るヨハンだが、この世の終わりのような表情は薄れていた。




「おまたせー、なーんもなかったわ。そっちは…オルフェ兄さん!?」
「…すまなかった。情けない、私が迷惑をかけてしまった…」

元の場所に戻ってきたニナとヨハンを迎えたのは、気がついてなんとか起き上がったオルフェと、心配そうに見守るケンジとレド。そして少し疲れたようなアスタロートと、立ち上がって難しそうな顔をしているリオンだった。

「いや、意外と手こずってしまってな。ただの魔法じゃねーんだわ。根に魔力がからみついてな…」
「すまなかった、アスタロート殿。私も…魔力に耐性はあるが、あれには全く歯向かえ無かった…デュカ殿を危険にさらしてしまった、申し訳無い…」

唇をかみ締め、オルフェは呟く。
セイルーンの誇る警備隊の副隊長が全く歯が立たない相手――
かつては警備隊に所属していたニナは、警備隊長であった彼の強さを知っている。幾度尊敬し、幾度彼に助けられただろうか。その彼の敗北の姿なんて、見たことが無かった。
個人として信じられない気持ちと、戦闘国ではないセイルーンの脆さを感じてしまったような、信じたくない思い。
それは現在彼の直属の部下である、ケンジとレドも同じかもしれない。それぞれに、複雑な表情を浮かべていた。

だが、その憂いを解いたのは、オルフェ本人だった。

「『私は』あれには歯が立たない。だが、お前達はそうではない。」
「…そうね。あの子…メイプルって子が言ってた『エンジェリックウイング』が鍵ってことよね?」

難しそうな顔をしていたリオンは、オルフェに続く。

「ごめんオルフェさん、失礼な事言っちゃうけど。あなたはあの子に『劣等種』と呼ばれていた。よくわかんないけど、少なくともエンジェリックウイングが劣等種である、なんて初めて聞いたわ。普通の人間と少し姿かたちが違うだけでしょう。あんまよく知らないんだけどさ。」
「いや、いいさリオン殿。あなたの仰るとおり。自分が劣等種であるなどと、エンジェリックウイングは誰一人思っていない。…だが、あの娘からすれば、私は劣等種なんでしょう。その証拠がこの私の状態なのですから。」

たくさんの種族が暮らすこの世界。自分も少数種族である割に、その方面には疎いニナには、この二人の会話は完全には噛み砕けない。ただ、聞いていて唐突に疑問が沸いてきた。

「あの子…メイプルって、結局誰なの?ルクスって子は?」

ほとんど会話を理解できていないヨハンも、不安そうにオルフェを見た。



**********



唐突に金縛りにあったようだった。
デュカが男達に稲妻をおとした瞬間、自分にも稲妻が落ちたのではないかと思った。
体がまったく動かなくなり、意識まで急激に揺らぐ。
いけない、ルクス殿を守らねば…そう思い、辛うじて眼球がルクスを捉えた。

その時の彼女の壮絶な微笑みは、多分一生忘れないだろう。
手を突き出し、ぼそりと「残念だったな」と呟いたルクスに、突き飛ばされた。
自由の利かない体は、簡単に地面に倒れ、強かに体を打った。
辛うじて後頭部は庇えたようだが、金縛りも相まって恐ろしく世界が揺らいだ。
その自分の上に、ふうわりとルクスが座りこちらを一瞥し――再び

わらった。



その後は、正直な所朦朧としていた。デュカに声をかけた気がするが、何を言ったのかも覚えていない。数分か数十分か、ただ意識の向こうで、ルクスとデュカの声だけぼんやり聞こえていた。何とかしなければ、と思ってもどうすることもできない。
ふと気づけば、ルクスが暗く微笑みながら、自分を覗き込んでいた。

「劣等種。お前に役目がある。」

この娘は何故私を劣等種と呼ぶのだ…今の状況でこの考えも無いが、流石に種族として下に見られるのは良い気分ではない。だが、このザマは何だ。全く抵抗できず、簡単にやられているこの状況は。

「色々思う所もあるみたいだな。別に殺そうなんて思っちゃいないさ。お前は今から私が言うことをしっかりと覚えておけ。」

返事をしようにも唇すら動かない。その私の顎をガシリとつかみ、正体を現す前の彼女を思わせる笑みを浮かべる。

「…可愛い奥さんの元に 無事帰りたいだろう?」

この 娘は。

「あはは、まず一つ。デュカの右腕は私が魔力で「無くした」。これじゃあ無事に帰れても仕事はできないね。残念だ、いや無事じゃあないかそれって。

二つ。エラいお前がやられたんならお仲間もさぞかし不安だろう。でもお前がこんな簡単にやられたのは、お前がエンジェリックウイングだからさ。お前達は決してリンクルを超えられない。話せば長いから簡単に言うが、お前達はリンクルの試作、まあもっと言えば失敗作だ。そりゃあ勝てないね。悔しいかい劣等種。

三つ。だからってお前にしか勝てない訳じゃないぜ。お前達の国は、マヌケにトップからダマされたんだから。まあでも恥じることはない、意識操作を魔力でこなしたんだから…自分でも凄いと思うよ。もうすぐお前のお仲間が、私のトラップから抜け出してこっちに向かってくる。

四つ。最後だ。お前達が早く私達を見つけなければ、私はデュカを消す。右腕で済むと思わないでよ。私はね、あいつが憎いのさ。タイムリミットなんて、燃えるだろう?」

ああ、「憎い」と口に出したときのこの娘の瞳の、なんと寂しかったことだろう。
彼女は敵である。だが、オルフェは気づいてしまった。
この娘が、ひどく不器用であることに。

いつのまにか視界から娘は消えた。それに気づいたときは、意識は深く沈んでいた。



**********



「たった一人でそこまでやれるなんて、天才じゃすまねェな。」

苦々しい顔で、アスタロートは唸る。
オルフェの話だけでも、魔力で存在を消す、多岐に渡る魔力の意識操作、生きた者を思うように操る力があるのだ。そんな魔法は一般的には存在せず、あるとしても禁術扱いだろう。それを簡単にやってのける娘が一人いれば、国家レベルで恐ろしい戦力になるのは目に見えている。

「どう思う、非常勤導士殿… …リオン?」
「…いやゴメン なんでもないわ。とりあえず、魔力や使い方に関しては私らの方が下でしょうね。戦闘はどうだかわかんないけどさ。」

妙に考え込んだようなリオンだが、すぐにいつもの表情に戻る。

「とりあえず、行く先をつきとめなきゃね。話はそれからよ。タイムリミットなんて、面倒なことしてくれてんだし。カンだけど、あんまり離れてないと思うのよね。カンだけど。」
「…多分あたってるとは思う。この先だいぶヨッちんと見てきたけど、ほんっとここから先に色が残ってないみたい。余程うまく移動の魔法を使ったか、魔方陣でも持ってたか…あとはわかんないわ、お手上げ。魔法は導士さん方にまかせるわよ。」

そう言いながら、ニナは大人しく待機しているヒポグリフの一頭に触れた。

「とりあえず、デュカ様を探すのと、あとは、オルフェ兄さんを城につれてかなきゃいけないから…ケンケンとレドっちに任せたいけど、こっちに戦闘員いないのも困るかもしれないし…どうしようか。」
「…面目ない。」

意識が戻ったとはいえ、まだ殆ど動けない状態のオルフェである。言い方は悪いが、ここまま一緒にいたら、人質としてあの娘に利用されることだって有り得る。たとえ動けたとしても、だ。一刻も早く城に戻るべきだということは、オルフェ本人が一番よくわかっていた。

「レドちゃんと、俺がいくわ。」

そう口を開いたのは、アスタロートだった。

「心配すんなケンちゃん、レドちゃん盗るわけじゃねぇぞ。俺はサポート兼、第二精鋭の要請係だ。向かいながら城と通信する。 …正直、オルフェの兄貴の根を解くのにちょっと力を使っちまったからな。あとはまかせるぜ、リオン。」
「その言い方、逆に心配させるわよ。だいじょーぶよケンジ、何かあったらあたしがこいつ殴ってやるから。まかせといて。」
「…、おいソレどっちの意味でまかせるんだ…」

「しっかりと副隊長を送り届けてくれ…頼んだ。」
「勿論です、班長。行って参ります。」

夫婦漫才のようなリオンとアスタロート、その横で真面目なケンジとレド。
ヒポグリフにオルフェを乗せる様子を見ているヨハンに、ニナがニッと悪戯っ子のように笑う。

「ほら、あれだかんね。気負わなくても大丈夫になってきたでしょ。」
「そ、それはその…  …はい。」
「そそ、それでいーのよ。」

「おーいニナ 行ってくるぞ。あとは任せる、気ィつけろよ。第二精鋭の要請はここ目標でしとくから、移動するんならわかるようにしてってくれ。」
「りょーかいっ。そっちも気をつけて。レドっちも、よろしくね!!」
「…ああ。じゃあ行ってくる。副隊長、そろそろ飛びます。」
「すまんな、レド。ニナ、リオン殿、ケンジ、ヨハン君。 …申し訳ないが、デュカ殿を頼む。」
辛そうなオルフェの言葉と同時に、ヒポグリフが強く羽ばたいた。


**********


「さて、こっからどうやってデュカを見つけるかだけど…ちょっと気になることもあんのよね。ヨッちん、ここあたりの魔力の色、まだ白く残ってんの?」

見送ったあと、リオンはヨハンを見、こう言った。
導士一人、アスタロートに任せられた彼女は、早速何か気になっているらしい。
騎士であるケンジは、回りに気を配りながら完全に裏方に徹している。
目を細め、暫くしてヨハンの返事はあった。

「…はい。来た時よりは薄れてますけど、ずっと僅かに、霧みたいになって残ってます…」
「そこよ、そこ。いっつまでも滞留してんのが怪しい。平たく言えば、ここ一帯に何らかの仕掛けがありそうでさ。」
「あーよくわかんないわ。デュカ様の行く先がわかるかもしれないとかなの?」
「そうそう。これねー、ちょっと昔にこういう魔法を見たことあるのよ。異空間っていうのかわかんないけど、所謂パラレルワールドを限った範囲に一時的に作る術。」
「うわーごめんリッちゃん、さらにわかんないわ…そこにデュカ様がいるかもってことよね?」
「そうそう、大丈夫わかってるわよ。でもねえ、ちょっとコレはねえ…結論から言えば」

難しい顔で、一旦言葉を切るリオンを、ニナとヨハンはじっと見詰めた。
海色の瞳が、二人を見詰め返し…

「専門の魔術書がなきゃ、無理ね。あったとしても、あたしはそういう細かいことできないけどさ。」
「…そっか…」

ニナ、落胆。

「でもま、そうであるって決まった訳じゃないしね。急がなきゃヤバいだろうけど、今できる事は…ヨッちん、しんどいだろうけどちょっと頑張って継続して色を見てること。その術を使ってると仮定して、弱点は多分術者の集中力と魔力だから。ちょっとでも途切れたら、多分その部分が綻んでつけこめる筈だわ…あー自分で言ってて確信ないけどさ、とりあえずしっかり見張ってなさい。頑張ったら食堂のスペシャル定食をさらにスペシャルにしてオゴったげるから。」
「な、なんかそれにつられてるみたいじゃないですか?僕…」
「あら、いらないの?」
「…食べてみたいです。 何か変化があったら、すぐに言います。」

城の名物中の名物であるスペシャル定食。勿論第一は、ビショップを救うという大義があるが、食堂の女王リオンのスペシャル定食もまた抗いがたい魔力があるらしく、ヨハンはしっかりと辺りの「色」の監視を始める。

「リッちゃん、あのさ…」

預かっているデュカのスタッフを若干心配そうに見、そして辺りを見渡しながらニナが呟いた。くしゃくしゃのローブの山、えぐられた地面、半分消えた木…

「デュカ様、腕がないって…あんな感じなのかな。」
「あれねぇ…」

えぐられた地面もだが、街道脇の木の、見事な消え方。幹が途中まであるものの、その先は何も無い。オルフェが言うには、このローブにも生きた者がいたらしいが、見る影なく消えている。

「たぶん、エネルギーとして魔力を使うタイプね、あのメイプルだかルクスだかって子。でなきゃ、あんな消え方しないわよ。光か闇の属性かしら。…って当然か。リンクルだし光だわ。」
「たしかにそうか。…でもあんな風に消えるもんなの?木なら芽がでるかもだし、土は均せるけど…腕とか、戻るのかな。そんな治癒方法なんて知らないし…」
「…なんとかするわよ。消させやしないわ。」

少し唇を噛み、リオンが呟いた時。

「リオンさんニナさん!!綻びみたいなものが今ッ…」

ヨハンの叫びと、急激な魔力の奔流を二人が感じたのは同時だった。



 
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