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追憶のおもいで
「ひまですわ」

デュカは切り株に座って、足をぶらつかせていた。
老師は「正式に神官になってからだよ」と言って、仕事をみせてくれない。

「わたくし、ちゃんとお勉強してますのに。」

老師は、セイルーンの最高神官『ビショップ』である。
その老師に育てられているデュカは、出張に連れて行ってもらうことが多い。
彼が仕事中は暇だけど、それ以外は旅行みたいで、デュカは出張が好きだ。


お隣のアンディーブよりもう少し遠い国のお城の庭。特に話相手もいないので、デュカは散歩…というより探検をしていた。子供だから大目に見てくれているのだろう、城の外に出ようとした時に門番に止められた以外は特に咎められることもなく、裏庭に差し掛かる。
あの小さな扉は食堂の勝手口だろうか。扉の傍に、木箱に入った玉ねぎとじゃがいもが積まれていた。香ばしい、パンの匂いがする。…そういえば、おなかがすいてきた。
もう老師のお仕事は一旦終わるかも、そう思ったときだった。

カサッ

小さな小さな音への好奇心が、食欲に勝った。
そっと、音のした茂みに足を運ぶ。猫だろうか?




そこにいたのは猫ではなく、同い年くらいの女の子だった。
初めてだった。自分以外の同族を見たのは。
だがそれよりも。女の子の腕は真っ赤に染まっていた。

「誰だ、お前…」

女の子は、痛みに顔を顰めながらデュカを睨みつける。

「怪我したから休んでるだけだ。あっちいってろ。誰かに言ったら承知しねえぞ。」
「…休んでなおりそうには見えませんわ。誰にも言わないから、腕をかして下さい。」

彼女にとっては意外な返事だったらしい。一瞬驚いたような顔をしたが、また表情は元に戻る。淡いブルーグリーンの瞳が、ギラリと光った。

「小さいくせに達者じゃねえか。」
「あら、あなたこそ小さいのに怪しい方ですこと。」
「言ってくれるな。腕をかしてどうする気だ。軍に引き渡すか?」

一瞬何のことかわからなかったが、彼女の傍にある襤褸の袋から除く金貨が、全てを物語っていた。ああ、彼女は泥棒だ。悪いことをしているんだ。
だからきっと、今から私がすることは良くないことなのかもしれない。だけど。

「…なおしてあげますわ。」

返事も聞かず、デュカは茂みに入り、女の子と同じように身を隠す。これには、さすがに彼女もぎょっとしたらしい。

「おい、やめろ。引き渡す気だろう。信用しねえぞ、放せ」
「あんまり大声をだしたら、門番さんが来ましてよ。」

腕を取り、血の出ている切り口にすぐさま覚えたての治癒の呪文を唱える。
動物を治したことはあるが、ヒトにかけるのは初めてだ。
なかなかの怪我だったので、場所の確認だけし、あとは見ないようにした。目線を外した先には、美しい藤色の髪がサラリと垂れている。

「…。」
「…うん。ほら、おわりましたわよ。ふふ、人にかけたの、初めてですわ。」
「実験台かよ」

そう言いながら、女の子は腕をまわしたり、手を開いたり握ったりしている。
流れた血は残ったままだが、傷口はふさがっていた。

「よく治す気になったな。泥棒を。」
「…それはいけないことですから、できればその袋はおいていってほしいですわね。」
「嫌だね。ていうか、お前は誰だよ。」

まだ警戒はしているらしい。

「わたくしは、デュカと申しますわ。」
「…。城の人間じゃなさそうだな。」

そっと、女の子は注意深く立ち上がる。この場から去るつもりらしい。

「あなたのお名前は教えて下さらないの?」
「…名前なんてない。怪我を治してくれたのは礼を言う。でも絶対誰にも言うなよ。」

じろ、と睨んでくる彼女の目は、どこかさびしそうにも見えた。

「ルクス、なんてどうですか」
「…?」
「お名前がないんでしょう?聖書にでてくる、うつくしい光の女神様のお名前ですわ。」

ニッコリと微笑みながら言うデュカに、女の子は眉を顰めた。

「…何言ってんだ。ただの泥棒に。」
「…だって。同じリンクルに、初めて会ったんですもの。」
「…っ。」

その言葉で、ようやく女の子は気づいたらしい。同じ耳を持つ同族が、目の前にいたのだと。

「…光から遠い所に居るんだ。畏れ多いね。」
「あなたが光になれば、暗いところだって明るくなるでしょう?」

暗闇で生きる人間には、目の眩むような笑顔。眩しさが目にしみて、睫に水滴が浮かんだ。

「治療代だ。」
「あっ」

素早い身のこなしで、彼女は城壁を超え逃げるように去る。
デュカの足元には、金貨の入った袋が落ちていた。






それは、決して初めてではない出会い。
だがその後、二人はこの出来事を思い出すことは無かった。


| 創作覚書 | 20:47 | comments(0) |
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