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妖怪が憂鬱
役にたっているかどうかわからない、社の見張り番の男が、真っ青な顔で俺の部屋に飛び込んできた。

「社が…社が崩れました!!」

突然だった。いつ作られた、何のためのものか判らない小さな社の管理者である俺は、その男の次の言葉を待つ。
 
 
「突然、前触れもなく封印が解けて…!!中には若い娘がいたようで、保護しました。どうすればよいでしょうか!?」
「どうすればよいでしょうかとは、こちらが聞きたいことだ。何故開かずの古い社から若い娘が出てくるのだ?」
「わかりません…娘は10代半ばくらいですが、人ではなく…ど、どのようにいたしましょう…」

男はしょんぼりとうな垂れていく。
まあたしかに、俺があの社の管理者なんだから俺が決めることなんだろう。

「わかった、いやよくはわからんが、その娘の所に行こう。社にいつのまにか忍び込んだ者なのか、中にずっと封印でもされていた化け物か…見極めが必要そうだからな。」

少し落ち着いたのか、男はほっとした表情で「私の家で保護しております。こちらです」と部屋を出た。それについていく。
管理者が俺の代になって三年、あれだけオンボロだった建物だからいつ崩れてもおかしくはなかった。だが人がいるなどとは聞いていない。社を「重要な文化財だ」として、村で管理を代々受け持ってきただけの俺の家系。面倒ごとにせず、その娘とやらは村人として隠匿しておきたいと、娘を目の前にするまではそう考えていた。
 

恐ろしいほど美しい、異形の娘がそこにいた。
俺は一瞬言葉を忘れ、異形の耳、二本の尾をみて、その瞳をみた。
金色の瞳からは、はらはらと涙がながれ、真珠のようだった。

「…ま………管理人さま!」

見張り番の男の声で、はっと我に返る。

「…すまない。見たところ人間ではないようだな。何か喋ったか?」
「かあさま、ばあさまとしか喋っておりません。言葉もあまりわからないようで…正直幼児を相手にしているような気分です」

言われるとなるほど、10代半ばに見えるのに、どこか幼子のようなイメージを受ける。
獣人であれば珍しくはない。しかし、この二本の猫の尻尾が化け物の類であることは明らかだった。
美しさもある。こんなものをただの村人として隠匿できるわけがなかった。

「ああ、かあさん!無理しないでいいんだ、病気を患っているんだから!」

見張り番の男が、水とふきんを持ってきた腰の曲がった老婆に呼びかけた。

「これくらいならいいのよ、その娘さんの涙を拭いて落ち着かせてやらなきゃねえ」

人のいい老婆は、恐れることなく娘に近づき、「大丈夫よ」と呼びかけながら娘の頬に触れた。

その刹那、ボウッと娘の体が光に包まれる。
何が、と思う一瞬の間に、娘の額に緑色の文様が浮かび上がり、光とともにぱっと消えた。

「か…かあさん!?」

病で曲がっていたであろう腰が、しゃっきりと伸びたことを理解するのに時間がかかった。
老婆本人も何が起こったかわからぬようで、部屋は静寂に包まれる。

「…神様だわ、なんてこと…!!」

腰の曲がりと痛みがなくなった老婆は静寂を破り、震えながら見張り番の男に抱きついた。
男は、びっくりして言葉も出ていない。
俺は…「そうか、お前は神だ」とつぶやいていた。



あれから十年後。
朽ちた社を豪華なものに建て直し、そこに「女神」を据えることで、俺はあっという間に富を得ることとなった。
保護した娘は金の卵を産むニワトリだった。どういうことなのかは全くわからないが、娘には「病を吸う力」があった。
そしてどういうことか、十年経ったのに、外見が成長した様子はなかった。中身ははじめこそ幼児だったが、十年分成長し外見通りの年齢に追いついたようだった。
娘の名は、娘が大事に持っていた緑色のヴェールに刺繍されていた。
「ミリル・ケティル・シード」。この地方に伝わる、女神ケティルの化身として祭り上げるのに非常に都合がよかった。
本物の化け物か。神か。
それは俺にとってはどちらでもよく、毎日ひっきりなしに訪れる病を持った者達から、娘に病を吸わせた。
金を請求するわけではないが、殆どの者は感動し礼として金や米を置いていく。
昼間は病人達を受け付けて並ばせるのが俺の役目だった。
そして夜は。


「いやです、病を吸うのが痛くなってきたのです、もう耐えるのが辛いのです…」

この事業をはじめて最初こそ大人しくいう事を聞いていた娘は、いつしか反抗するようになっていた。
正直、この美しい異形に触れるのが俺は怖かった。
だから、ついに社には立ちたくないと反抗した娘に、俺ができたのは、叱りつけ鞭を打つこと。怖いと感じる相手に鞭打ち、美しい顔が苦痛に耐えるのを見るのが、いつのまにか俺の楽しみになっていた。
ああ、俺はなんて歪んでしまったんだろう。金は人を変えるというのは、本当だったのだ。でももう戻る気はないのだ。
ビシリと鞭打った所には赤い痣ができる。そしてこの娘の恐ろしい所のもう一つは、この程度の傷はものの数分で治るところだった。
きっと俺は、化け物を神に祭り上げているのだ、この美しい、この…

「痛、い…」

弱弱しくはらはらと真珠の涙をこぼす娘を、もう何回見ただろうか。
はっと気づくと、俺は鞭を落とし、恐ろしい娘の頬に触れていた。
すべらかな肌、美しい顔、魅惑的な体、その美しい、美しい…

ああ、俺はこの娘を好いてしまったのだ。
それが恐ろしかったのだ。だから鞭打ってこの娘を否定したのだ。
俺を変えたのは金ではなく、この娘だったのだ。
でももういい、この娘は俺のものなのだから…

「…優しくしてほしいか?ならば大人しくしておけ」

娘を抱きしめた。その瞬間、娘の肌がうごめき、全身に緑色の文様が浮かび上がった。
それは、生理的に嫌悪感を感じるもので、俺は咄嗟に娘を解放してしまった。
…娘の背後に、巨大な猫の幻影が浮かんでいた。

「…ひっ!!」

幻影が、俺に向かって唸り、牙をむき飛び掛ってくる。
意識の遠い所で爆発音がした。そんな中でも、娘の真珠の涙は美しく、俺の意識はそこで終った。


その日、一つの村が滅びた。

 
| 創作覚書 | 18:20 | comments(0) |
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