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妖怪が憂鬱のゆめ
真夜中、嫌な夢を見てわらわは跳ね起きた。
肩が上下するほど、体が激しく空気を求めていた。久々に見た自分の過去の夢だった。
額の脂汗を乱雑に拭って、ハッと隣に人がいたことを思い出す。
いつもの彼からは考えられない、少年のようなあどけない寝顔がそこにあった。
 
(…起こしてはおらぬな。よかった…)

はあ、と深く息をつく。
そして彼から目線をそらし、さっきの夢を思い出す。
人で無いものとして生きることになった最初の十年。はじめのうちのことはあまり覚えてはいないが、うっすらと記憶はある。
豪華なお社、集まってくる病を持った人々、そこにふりまく笑顔、暗い部屋、鞭のしなる音、痛みと強いかなしみ。
いつのまにか、その場から逃げていた。

(まだ忘れられねーのか)

突如、内から語りかけてくる声。それは、まるで父や兄のような愛情をはらんでいる。
わらわが体に封じ込めている、化け猫の妖怪だ。

(久々に話しかけてきたな、お主。生きておったか)
(お前が死ぬときが俺様の寿命だぜ)
(あんなえらそうなことを言っておいて、しつこい奴じゃのう)

隣で眠る彼、瑠威…いや、瑠威雅殿と初めて体を重ねたとき、まさにその時に、こやつは幻影として姿を現した。「もう俺様には力はほとんどない、不老不死はお前が今解いた。ミリルをよろしく頼むぞ」と。いや、普通あんなタイミングで姿を現すか?流石の瑠威雅殿も引きつった笑みを浮かべておったぞ。

(お前が添い遂げる相手には挨拶の一つはしておかんとと思ったからな、俺様のこころ配りよ。あそこまででなくとも、こうやって稀にお前に語りかけることくらいはできる。ありがたく思え。)
(…そうか。まあよい、さっきの話だが、忘れていたつもりじゃったよ。夢にみるとは思っておらんかったが。)
(過去は捨てろってそいつも言ってただろう。今日の夢も忘れちまえ。)
(簡単に言うてくれる)

思えばこやつも丸くなったものだ。はじめてわらわに語りかけてきたときは、なんとしても俺様は外の世界へ出る、などと息巻いておったのに。しかしそれもそうか、一万年の時を共に過ごしてきたら、こやつも爺だ。今更封印されていることなど、どうでもよくなったのだろう。わらわを通して、こやつは世界を見てきたのだ。

(さて、俺様はまた眠りにつくぜ、じゃーな)

語りかけてくる声と、気配が消えた。
ほんに、簡単に言うてくれる。鮮やかに蘇ってしまった記憶は、もう二度と訪れはしないが、消えもしないのだ。それでも、おかげで少し軽くなった気はする。

豪華なお社、集まってくる病を持った人々、そこにふりまく笑顔、暗い部屋、鞭のしなる音、痛みと強いかなしみ。
そして化け猫の存在を初めて認識したあの日。焼ける村を裸足で駆けてがむしゃらに逃げた。逃げた直後の記憶は、ほぼない。

その日以降、数年おきにたびたび化け猫は現れた。正確には、吸った病や邪気が化け猫の形をとって溢れ、暴発し、その度周囲に被害を及ぼしていた。
それは、器に一滴一滴と水がたまり、いつかは溢れるのと同じで、所詮わらわにも限度があり、それを把握できたのは何度かの暴発を経験してのことだった。
今でこそ暴発する前に友人なんかに祓ってもらうようにしているが、色んなところに、人に、被害を出してしまった。
ふう、と息を吐く。いつのまにか浮かんでいた涙が、流れていた。

何かが、頬に触れた。

「…何泣いてやがる」
「…すまぬ、起こしたか、申し訳ない」

頬を伝った涙は、彼に拭われていた。先ほどまでのあどけない寝顔は面影もなく、鋭く射抜くような目線がむけられている。いつのまにか、起こしてしまったようだ。

「悪い夢を見ただけじゃ。心配させてすまんの」
「心配してんじゃねぇよ。起こされて迷惑なだけだ」
「ふふ、わかっておる」

心配してない、と言いながら、頬を撫でてくれる手はあたたかくて、限りなく優しい。
昔から態度が変わらない彼を、とても愛おしくおもう。
ふと、強く抱き寄せられた。あたたかい彼の腕に収まるのは、好きだ。

「過去なんて捨てろ、って言っただろ。オレがいる。余計なもんは忘れろ。」
「ありがとう、そうさせていただくよ…瑠威。」

そうしろ、とつぶやいてすぐ、彼はまた眠り始める。
抱き寄せられたまま、彼の胸に頬をよせた。
規則正しい鼓動が心地よく、わらわも間もなく眠りに落ちた。

 
| 創作覚書 | 21:04 | comments(0) |
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