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不老と不死の終わり
「本気かどうか、試してみるか?」

ニッと笑んだ顔に色気を感じ、ぞくりとして顔をそむけた。
 

わらわが瑠威雅殿の家に居候するようになり、数ヶ月。
兄のティガリオ殿も、妹のレイディス殿も、わらわを家族として温かく迎え入れてくれた。
いつのまにか自分の部屋まで作られ、ここでの暮らしが日常になりつつある。
自分ひとりだけの生活ではない。食事当番、レイディス殿と買い出し、人の生活に合わせること…新しい生活は新しいことだらけだった。

いつものように風呂を上がり、その足で瑠威雅殿の部屋に向かおうとする自分に気づく。
彼の部屋で眠るのも、いつのまにか日常になりつつあった。
といっても、何をするわけでもなく…たまに瑠威雅殿がからかってはくるが、それでも特に何もせず抱き合って眠るだけだ。

…いや、先日一度だけ、彼が求めてきたことがあった。多分あれはからかわれていたのではなく、本気だったんだろうと今は思う。
バレンタインの日。わらわが意地をはって喧嘩になりかけ、謝ってプレゼントを渡したあの日。
食ってやらんこともないと、押し倒された。
ただ、わらわが怖くなって怖気づいてしまった。彼とそうなることは嫌ではなかったのに、昔、昔の無理強いされそうになったことが急に過ぎり、こんな年で怖くなってしまったのだ。「からかわないで」と小娘のように泣いてしまった。彼はそれ以上何もせず、「次第に慣れればいい」と言っていつものように一緒に眠ってくれた。
その後数日間は、申し訳ないのと恥ずかしいのとで一人で寝ていたが、彼の温かさ心地よさを覚えてしまったわらわがずっと耐えられるはずもなく、今はまた時々彼の部屋に向かってしまう。長い人生を全くの一人で過ごしてきた反動が、今大いに来ていた。
あれ以来、からかわれることはあってもそれ以上はなくて、元々欲の少ない彼に甘えていた。

(駄目じゃのう…わらわは)

そんな事を考えていた今日は、なんとなく彼の部屋に行くのが申し訳なくなった。
一人で寝よう、と、彼の部屋に向かおうとしていた体を自分の部屋へと向ける。
最近はよく一緒に寝かせてもらっていたし…そう思いながら部屋に入ると、

瑠威雅殿が、わらわのベッドで眠っていた。 脱力。
時々、寝ぼけて部屋を間違えるのかわざとなのか、こういうことがある。そっとドアを閉め、起こさぬように静かにベッドを覗き込んだ。
すやすやと眠る顔がそこにある。

(寝顔だけ見ると、本当にあどけない少年じゃの…)

彼の寝顔は可愛らしくて、好きだ。本人に言ったら怒るので言わないけれども。
普段の射抜くような瞳が閉じられるだけで、こんなにも人は変わって見えるものなのだろうか。
しかし何故今日はここで寝ておるのだ…とわらわは頭を抱えた。

「一緒に寝たくなるじゃろうが…」

そっとつぶやいた声は、しんと冷えた空気に溶け込む。
ふう、と息を吐いて、先日調達したソファに座ろうと、彼に背を向けた。

途端に、何かに腕を引かれて後ろ向きにベッドに倒れこむ。そして、ぎゅっと抱きしめられた。
…ああ、起こしてしまったか。

「一緒に寝ればいいだろう。そんなソファで寝たら冷えるだろうが。それがいいなら止めんがな。」

後ろから抱きしめられ、耳元に低い声が響く。ぞくり、と体が震える。
この声に、抗える気がしない。

「そ、それは…いやそれより、お主なぜここで寝ておるんじゃ…」
「…今日は寒かったからだ」
「それはそうじゃが…い、息が近い」

多分わざとだろう、先ほどから耳に息を吹きかけるように喋りかけてくる。
たまらず耳を倒すと、クッと笑いながら、彼の指がわらわの唇をなぞってきた。

「なんだよ、耳寝かせて。立てりゃいいじゃねえか」
「お、お主またわらわをからかう気じゃろ…」
「さて、どうだかな」

ぐるり、と彼の方を向かされる。

「テメェ、最近変な遠慮してるだろ。細かいこと気にしてんじゃねえよ。」

…ばれている。そんなにわかりやすくしていたつもりはないが、まあばれていた。

「…そこまで遠慮していたつもりはないが、…すまんかったの…んっ!?」

突然、唇をふさがれる。すぐに彼の舌が進入してきて、暫く甘い痺れを味わうことになった。

「瑠威雅…殿」
「お前は、俺のだ。謝んなきゃなんねえような事、するなよ」

キスをやめてすぐのストレートな言葉に、頬がかあっと熱くなるのがわかる。きっと今のわらわは情けない顔をしているに違いない。
じっと見詰めてくる彼を直視するのが恥ずかしく、つい目線を逸らす…が、頬をしっかりと固定されてままならない。彼に飼われているような状況は、それでも心地よかった。
軽いキスが鼻先におとされる。

「ふふ、くすぐったいよ…瑠威雅殿」
「…」

次に、頬に。

「瑠威雅殿…?」

そして唇に。

「…なあ、いいか?」
「…へ?」
「俺のものにしていいか、ってことだ。」
「え、あ、そ…それは…」
「嫌なら拒め。無理強いする気はねぇ」

嫌なわけがない。ただ、一瞬にして全身が火照るのがわかった。
彼はわらわの気持ちを察したのかニヤッと笑い、再び唇をふさいでくる。ああ、なんて甘いのだろう。
舌先が首筋を這う。ぞくぞくとした痺れが走る。

「る、瑠威雅殿っ…本気、か…?」

ああ違う、そんなことを言いたいわけではないのに。

「本気かどうか、試してみるか?」

ニッと笑んだ顔に色気を感じ、ぞくりとして顔をそむけた。
そして、彼をぎゅうと抱きしめる。以前感じた怖さは、もうない。
彼の舌が鎖骨を這いながら、服の釦が外されていく。いつのまにか、彼にのしかかられていた。
…ここから先は、ご想像におまかせする。


***********


はあ、と深く息をつく。

「落ち着いたか」

優しい声がすぐ耳元で囁く。

「大丈夫…じゃ…」

そっと彼の胸元に頬を寄せる。聞こえてくる鼓動が、昂った気持ちを落ち着かせてくれる。
彼は、ぎゅっと抱きしめてくれた。なんて温かいんだろう。なんて幸せなんだろう。
こんな形の幸せを味わう日がくるなんて、思ってもみなかった。

『おい、お前ら』

…突如、覚えのある声がその場に響く。

「!?」

流石の瑠威雅殿も、ぎょっとした顔をしている。
わらわたちが横になっているベッドの真上に、大きな猫の幻影がいた。
ああ何故…何故よりによって今出てくるのだ、こいつは…

『瑠威雅とやら、初めて顔を合わせるな。俺様はこいつ…ミリルに封じられている妖怪だ』
「…あぁ?」
『あんまりこうやって出てこれんからな。手短に言うぞ』

一方的に喋る化け猫の幻影に、瑠威雅殿は…引きつった笑みを浮かべていた。…これは絶対に機嫌が悪い。何故。何故今なのだ。

『もう俺様には力は殆ど無い。こうやって姿を現す事もままならん。いいか瑠威雅とやら、こいつの、ミリルの不老不死はお前が今解いた。こいつの時間は動き出し、成長を始める。そしていずれ真っ当な死がくる。』

化け猫は、こちらの話を聞く気はないらしい。一瞬、金色の目を細める。

『瑠威雅よ、ミリルをよろしく頼むぞ』

それを最後に、幻影は拡散し、消えた。
…暫し、沈黙が流れる。

「……。すまぬ、瑠威雅殿…」
「全くだ。アレはテメェの父親か何かか?大体あんなこと、言われなくてもわかってんだよ」

たまらず謝ったわらわに、彼は即答する。ああ、やはり機嫌が悪くなってしもうた。
…しかし、機嫌が悪いながら、彼はわらわを抱きしめて頭をくしゃりと撫でてくれる。

「…これから同じ時間を生きていくんだ。覚悟しとけよ」

ニヤリと笑った彼が、唇に軽くキスを落とす。

「…ああ、待ち望んでおったことじゃ…覚悟なぞ、とうにできておる…」
「ふん、怖気づくなよ」
「わかっておる。…愛しておるぞ、瑠威雅殿。」
「んなこと、わかってんだ…よ…」

…寝つきの良い彼は、それを言うと静かに寝息をたてはじめた。
愛している。その言葉をかみしめ、彼の寝顔を見詰めながら…わらわも間もなく、彼の腕の中で眠りに落ちた。

 
| 創作覚書 | 00:59 | comments(0) |
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