<< 妖怪は憂鬱 一 | main | 選ばれたこと 四 >>
妖怪は憂鬱 二
娘が老夫婦と暮らし始めて、二年がたった。
少しの間、とは言っていたものの、暴発とそれ以前の記憶は断絶されたままで、戻っていないことを俺様は知っている。

「ミリルは、よく笑うようになったなあ。」
「本当に、私達まで笑顔になってしまうわ。」

夕食を囲みながら、爺さんがしみじみと零した。婆さんも笑顔で相槌を打つ。

「お爺さま、お婆さまのおかげです。私、今とても幸せですもの…」

娘は、かいがいしく婆さんや爺さんの手伝いをし、笑顔でいることが日常になっていた。まともに人と話すことを覚え、どんどん普通の娘らしくなっていく。
老夫婦も、本当の娘のように可愛がり、まるで家族のようになっていた。
幸せそうな食卓。俺様もこの生活を眺めるのは悪くなかった。
だがこの翌日で、それは無くなることになる。

はじめのうちは家にこもって婆さんの手伝いをしていた娘だったが、そのうち爺さん、婆さんと出かけることまでできるようになった。獣人である爺さんと外出すれば、娘が獣人じみているのは目立たぬことだからだろう。
その日、三人は少し遠くの街へと出かけていた。
街で昼食を取り、爺さんが獲った獣の皮や干し肉、婆さんと娘で作った織物を売り、その金で米や生活用品を買う、月に一度の行事。
その途中だった。

「ミリル様…ではないかしら?」

街中を走っていた豪華な馬車が三人の前に止まり、中の女が娘に声をかけた。
俺様は瞬時に警戒した。この女に覚えがあるからだ。そう、確かこいつは、社の管理人の男が社を建て直すときに…金を貸りた女ではなかったか?
だが、あの時幼児同然だったミリルにはそんなことはわかる訳がない。

「そう、ですが…」

ああ、答えてしまった。老夫婦がどこか不安そうな顔で娘を見ている。
馬車の女は、にっこりと微笑んだ。ああ、タチの悪い笑顔だ。騙されるな…!!

「やはり!ずっとお探ししていたのですわ…あなたにお渡ししたいものがあるの、今から家に来ていただけないかしら」
「申し訳ありません、今からこの品物を売りにいかなくてはいけないのです…」
「すべてうちで買いましょう!!どうしても今、あなたに来ていただきたいのよ」

女は笑顔のまま、言葉を強める。
三人は顔を見合わせ、…女の家に行くことを決めてしまった。


馬車に揺られ案内された家は、この街で一番大きな屋敷だった。
爺さんと婆さんは別の部屋に通され、売り物を高値で買い取ってもらっている。
娘は女の部屋に通された。
女は笑顔で、薄緑色のヴェールをミリルに差し出す。

「これ…は… 私の…!」
「そう、あなたのもの。あの大火事の夜、社の奥で唯一燃えなかったもの。あなたが落として行ったものよ。名前の刺繍も美しいまま。…ねえ、あの犯人はあなたでしょ?」

女が娘の耳元で囁いた。娘はびくり、と体を強張らせる。そう、あの男に鞭で打たれるときのように。

「わ、私…何も覚えていません…」
「あら…記憶喪失というわけ?でも、私はあなたを知っているわ。あなたは女神ケティルの化身…それが本当かどうかはわからないけど。奇跡をたくさん起こしたのよ。病や呪いを解く奇跡を。」
「あ、ああ…私、私は…」

俺様の中にまで、記憶の奔流が見えた。
豪華なお社、集まってくる病を持った人々、そこにふりまく笑顔、暗い部屋、鞭のしなる音、痛みと強いかなしみ。焼ける村を裸足で駆けてがむしゃらに逃げた。
娘は、思い出してしまったのだ。

力なくその場に項垂れる娘に、女は囁いた。

「思い出した?あの老夫婦は、このことを知らないんでしょう?悪いことは言わないわ、私の下に養子としていらっしゃい。あなたの秘密は、ばらさないわ。このヴェールも返してあげる。あの夫婦の商品を、毎月高く買ってあげる。」
「私…」

娘は、迷っていた。全部思い出したと同時に、あの村の事件の犯人が自分であることも知ってしまった。これがわかったら、老夫婦に迷惑がかかる、と。

「逆に言えば、来なければあなたの秘密をばらすかもね。そうしたらあの夫婦、生活なんてできるとおもう?大事件の犯人を保護していたのよ。」

ああ、やはりこういう類の人間だった。俺様に、娘に話しかける力があれば。
邪気暴発の一件以来、綻びは閉ざされ、俺は娘に話しかけられなくなっていたのだ。それでもいい、と思える生活が続いたことが、こんなところで仇になるとは。
…娘はもう、迷っていなかった。



家に戻った三人は泣いていた。
記憶が戻り、自分の帰る場所がわかった、と食卓で告白した娘は、この家を出ていくと伝えた。
婆さんも爺さんも大層びっくりし、ごめんなさいと涙を零す娘とともに泣いたのだった。
結局その夜はろくに食事も取らず、三人は一生懸命に思い出話をし、笑い、涙を零した。

翌朝、三人は抱き合って別れを惜しむ。

「いいこと、ミリル…あなたが幸せならそれでいいのよ。私たちはずっとここにいるから、いつでも帰っていらっしゃい。」
「そうだ。いつでも帰ってきていいからな。ここはお前の家なんだ。」
「お婆さま、お爺さま。本当にありがとう。それに…ごめんなさい…」

涙をこぼす娘の髪を、婆さんは優しく撫でた。

「何も謝ることなんてないわ。さあ、いってらっしゃい。」





パシン、と娘の頬が叩かれる。

「違う!!何度言ったらわかるの!!」
「わた…、わらわが…お主の病を消してやろうぞ」
「そう。それでいいの…あなたを高貴な娘にするためなのよ。立ち居振る舞いを矯正しなくては。あなたは、王国の宝になるのだから。」
「わらわは…そのような」
「もっと自信を持ちなさい!あなたの力は知っているのよ。以前のような事件でも起こしたら、あの夫婦がどうなるかはわかるわね?」

女の家の養子となった娘は、名ばかりの母から毎日厳しく「指導」を受けていた。
よくわからないが、まずは堂々としていない言葉遣いを矯正、そして自身のなさそうな振る舞いを堂々としたものに変えるのが目的のようだった。
女は、頻繁に「王国の宝」という言葉を使った。俺様にはよくは理解できないが、おそらくこの娘を養子とした上でこの国の王にでも献上するつもりなのだろう。病を吸う…いや、消す女として。多分、いつぞやの管理人の男よりはうまいやり方なんだろう。胸糞は悪いが。
一年後、俺様の予想は的中し、娘は王国へと献上された。
あとは、以前の管理人の男と同じようなものだった。
娘は病を消すことで国の宝とされ、神のような扱いを受けることになる。
ただ違っていたのは、一度も「反抗」をしないことだった。
きっと、あの爺さんと婆さんのことを想ってのことだろう。
そして八年後。邪気が娘の許容量を超える日が来た。
以前と同じように、一つの国が滅んだ。




「ここにいた老夫婦を知らぬか…?」

あの老夫婦と別れて九年後。
娘は、老いずそのままの姿で、楽しく暮らした家に戻った。
しかし、家はどう見ても数年経った空き家だった。人が住まないと、家は早く朽ちるという。
たまたま近くを通りがかった村人らしき人間に、娘は声をかける。

「ここに…?あの夫婦だったら、四年前の流行り病で立て続けに亡くなったよ。いい人たちだったんだけどな…墓なら、あの山のふもとに墓地がある。ここらの人間は大抵そこに入るよ。」

丁寧に場所まで教えて、そいつはどこかへと帰っていった。

「流行り病…そんな… わらわが居れば…救えたと言うのか…!!」

娘は地面に崩れ、拳を打ちつける。そして…身を震わせ慟哭した。

(…もう仕方ねえことだ。墓参りにいってやれ)

先日の暴発の綻びで、俺様はこいつと会話ができるようになっていた。
この綻びが最初の暴発で出ていたら、俺様があの時忠告できていれば、或いは…

「でもこんな、こんなこと…わらわは何のために…!!」

ようやく声を絞り出して俺様に答えた娘だったが、暫くして嗚咽が止まると、ふらりと立ち上がった。

「…墓へ行く」
(そうしてやれ。俺様も、礼が言いたいからな。)


村人が教えてくれた場所には、大きな墓石がひとつあった。これが、このあたりの人間達が一緒に入る墓だろう。
ミリルが、墓石に向かってそっと手を組んで祈る。

「お爺さま、お婆さま…ありがとう…帰るのが遅くなって、ごめんなさい…」
(俺様からもだ。あの時はいい夢見せてくれてありがとうよ。俺様が直々に会っておきたかったぜ。)

風が吹き、木々がざわつく。

「いつでも帰っていらっしゃい…」
「ここはお前の家なんだ…」

俺様にまで、あの時の声が聞こえた気がした。


| 創作覚書 | 00:00 | comments(0) |
コメント
コメントする