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選ばれたこと 四
これは、賭けだった。

国の核となる女王と、私の片割れ。その二人に全く違う情報を与え、
手に入れたばかりの自分の能力を試す。
その能力は、人の…意識に介入すること。魔法としては、禁術にあたるだろう。
この力で、デュカには不安感を与え、女王には余計なことを語らぬよう暗示をかけた。
とはいえ、こんな力をいきなり使いこなせるわけもなく、周りの人間達には、意識が曖昧になるよう、白い霧をふりまくだけにとどめて置いた。
一人、熊の獣人…老師と呼ばれていた老人は、かかりが悪かったが。
ああ、だがそんな力を私は手に入れたのだ。神になるために。
これは試練だ。皆が矛盾にいち早く気づけば…失敗におわるだろう。
失敗すれば私はそこまで。
でも成功すれば…
「お前は神になる」と、あの声は言っていた。

…いや、あの声だっただろうか?

突然、背筋が凍りついた。
「あれ」は、誰だ?
私を呼んだのは、あの白い霧を纏った大木は、何だったのだろうか?
白い霧…力は、今は私の中にいる。あの大木から、私の中に移動したのだ。
…大木?
いや…ちがう。それは「あれ」ではない。誰かがいた。
あのリンクルの遺体ではない。
その大木の陰から、美しい女が現れなかったか?
自問自答にもならない。突如、忘れていた記憶が現れて私を脅かし始める。


**********


「疲れは、とれた?」

何の前触れもなく、私が休んでいた大木の陰から女が現れた。
黒く長いウェーブヘアに、白いドレスの美しい女。その目は限りなく優しく、気配を感じられなかったにも関わらず、警戒するどころか安心感を覚えてしまった。この私が、だ。

「あんたが…白い霧の正体?」

自然と言葉が転がり出た。
私を呼んだのはこの女だと、漠然とわかってしまったからだ。

「違うわ。でも間違っているわけでもない。けれど、久々ね。あなたのことは、知っているわ。」
「…誰。お母さんなの?」
「それも違うわ。あなたのお母さんは、300年も前に自害したわ。あなたたちをお腹に宿したまま。その地がこの大木のあるここ…もう土に、魔力に還っているでしょう。」
「あなた…たち?300年?どういうこと。」
「あなたが言う「お母さん」は…私が意思を持たせた魔力よ。本当のお母さんの意識も入っているでしょうね。」

女はうっとりと夢見るように笑うと、私の額に細い人差し指をあてた。

途端、フラッシュバック。
今まで何故忘れていたのかわからないが、幼い頃の記憶が私を駆け巡る。
盗賊団にも属しておらず、奴隷の身分から逃げ、食べ物や金を盗んで食いつないでいた日々に出会った少女。
しくじって大怪我をした。休んでいたら、同い年くらいのその少女に見つかり…治癒を施してくれた…あの少女が名乗った名前は「デュカ」だった。そして私に、「ルクス」という名前をくれたのだ。
さらに記憶があふれる。狭くて白い場所。どこだかわからないが、目の前には白い髪の赤子がいる。そして…自分自身も似たような赤子だった。何故こんな記憶まであるのか、と考えたが、どう考えてみてもそれは自分の記憶だった。

…ゆっくりと、いつのまにか閉じていた目をあけると、黒髪の女の笑顔がゆらいだ。
ああ、私は泣いているのだ。先ほどの記憶を手繰り寄せる。
私は覚えている。白くて狭い世界で、私たちは長い時間一緒にいた。自害した母の体の中に満たされた魔力で生きる、双子の、赤子として。
そして、あの日出合ったデュカと名乗った少女は、あの赤子だ。強い確信があった。
私の世界のすべては彼女だった。その彼女と会っていたのに、どうして私にはわからなかったんだろう。そして、どうしてこの記憶を忘れていたんだろう。

「それはね…今までのあなたには必要なかったからよ」

女は、優しく私の髪を撫で付ける。

「だから、私が忘れさせたの。」

優しい声は、次々と言葉を紡ぐ。

「あなたは、リンクルの純体。まだ生まれていない人間を、300年かけて魔力漬けにするの。それでリンクルが出来上がるわ。ちゃんと面倒はみなきゃいけないのだけれど、それは魔力が意思を持つことで解決したわ。時々私も見てあげたんだけど…ああ、そうだわ、エンジェリックウイングって、知っている?あれは失敗…劣等種なんだけど、この地に根付いて生命を繋いで生きてる。ただ、魔力の依代には向かなかった。だから改めてリンクルを作ってこの地に反映させようと思って。…でも正直リンクルも失敗。純体じゃないと、依代にはならないのよ」

正直、何を言っているのかはよくわからなかった。

「それでね、純体のあなた…あなたが、世界中の魔力の主になるの。デュカは、幸せに育ちすぎたわ。器じゃない。地を這い蹲ってきたあなたが…」

ぼんやりとしている私を見て、女は優しく優しく笑った。

「ねえ、あなたの本当の力を解放してあげる。その代わり、ちょっとだけ私のことは忘れて…デュカを取り込んで、神様にでもなって頂戴ね。」

女の黒い瞳が優しく歪む。
…えっ、と疑問に思う間もなく、私の意識はそこで途切れた。


**********


背筋が凍りついた感覚と、冷や汗が吹き出るような、血の気が引くような感覚。
あの女は私の記憶を昔に封じ、そして思い出させた。
意識を失ったあと目覚めた私が覚えていたのは、デュカという世界の存在と自分の名乗るべきルクスという名前。私は不幸に育ってきたが、デュカは幸福に育っているらしい。私の、双子の片割れ…どちらかが、神として選ばれる。
思い込んでいた。白い力に、お母さんに選ばれたのは、私だと。
そして…知らぬうちに、人の意識に介入する力を、変身という能力を…禁術扱いであろう能力を手に入れていた。…いや、元々持っていたその力を解放されたのだ。あの、私達を作った女に。

黒髪の女の存在を思い出した途端、私は恐ろしくなった。この力は私の手に余り、この記憶が本当に私のものかもわからない。

ああ、私はあの女に作られ、そして操られているのだ。
どう思う、デュカ。本当に選ばれたのは、お前ではないだろうか。
お前は、私のことを覚えているのだろうか。

その言葉をぐっとかみ殺し、私は、私を庇って抱えるエンジェリックウイングに手を伸ばした。
| 創作覚書 | 23:30 | comments(0) |
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