<< 白を追う者 四 | main | 帰還そして >>
奪取
ルクスの咆哮は、悲鳴に近い響きがあった。
というより、悲鳴そのものだった。

「…駄目だったわ…また失敗ね」

デュカの耳にはっきりと、知らぬ女の声が響いた。

「ねえ、ルクス。あなたの感情で魔力が暴走してしまったわ。もっと穏やかに…そう、早くデュカと融合していれば或いは…なんて、まあ仕方のないことね。残念だわ。さようなら。」

(これは…誰の声…?)

辺りにはその声の主の人影はない。直接頭に響いたような声だった。

(それどころじゃない。そんなことよりも…)

白い竜巻の中心で、デュカが見ているのは苦しむルクスだった。

(どうして…?私を取り込まなかったから魔力が暴走しているの…?)

少し、力が戻ってきたような気がする。足元に力をこめると、ニナが自分を呼ぶ声が聞こえる。

(ああ、少しだけ待って。この力の暴走は危険。皆を危険にさらしている。私が、私がなんとかしなきゃ駄目)

白い竜巻にあおられそうになりながら、ルクスの肩に手を伸ばした。

(あなたが苦しむのを、見たくないから)

手が届く。抱えられていたルクスを抱きしめかえす。荒れ狂う魔力に、気が遠くなりそうだった。

「ルクス…さん。」
「デュ…カ…」

名前を呼ぶと、咆哮は途切れ、苦しそうにルクスが名前を返す。
にこり、とルクスが穏やかに笑った。

「失敗、だそうだ。せめてお前と一緒になりたかった。」
「まだ…まだ諦めないで」
「駄目だ。もう、私は存在を保てない…でも、最後の足掻きだけはしよう。お前のために。」
「ルクス!」

痛みに顔を歪めるルクスの足元が、腕が、だんだんと消えてゆく。それは粒子状になり、白い霧と同化してゆく。

「ほんとうは失敗でも、よかった。きっと私はお前のそばにいるために、生きてきたんだ。だから、抗ってみせる。それで…赦してくれ」

白い霧に同化しつつあった粒子状のものは、流れを変えデュカの失われた腕を形作りはじめた。
ルクスの足が消え、腕が消えていくと、デュカの右腕が元の姿を取り戻す。

「こんな…こんなこと!こんな形で一緒なんて、そんな」
「なあ、デュカ。私を…今でも愛しているか?」

デュカの腕の中で残るルクスは、縋る様に笑顔を浮かべた。

「…っ! 勿論です、あなたをずっと愛していますわ…」

デュカも笑みを浮かべて答える。もう、止める事なんてできなかった。

「そうか」

その言葉を最後に、ルクスという存在は全て粒子状になった。
それは一瞬迷ったように漂い、しかし白い霧に同化することはなく、先ほど引きちぎられて落ちたネックレスの一粒石へと吸収され、藤色の石が珊瑚色に変色した。

**********

一連のやりとりを、その場に居た者達は黙って見ていた。
というより、何か手を出せるような状況ではなかったからだ。
ルクスという女が消え、その場には白髪のデュカだけが残っているが、白い竜巻の暴走は止んではいない。

「なんや…これはどないしたら消えてくれるんや…?」
「わからないわね。デュカをあの場から離せれば…逃げることくらいはできるかしら。」
「デュカ様!!その場から離れて!!」

「だぁめよ」

突如、その場に知らぬ女の声が響く。…デュカの後ろに豊かな黒髪の、女がふわふわと浮かんでいた。

咄嗟にトライアンフは防護膜の魔力を強め、ケンジはヨハンを、リオンはアレックスを守るように立つ。

「どういうこと、デュカ様から離れなさいよ!」

ニナが一歩前に出る。
デュカはといえば、目を見開いて後ろの女を見やっている。

「あなたが…私たちを」
「残念だわ。300年もかけた子たちを手放すことになるなんて…でも、デュカ、あなたももう存在してはいけないの。あなたも、さようなら」

女は、うっとりと微笑むと、右手を翻すような動作をした。
それに合わせ、白い竜巻は白い霧へと戻り、女は忽然と姿を消した。

「な、何…?」

ニナが呟いたのと同時だった。

「うっ… ああああっ!」

デュカが、先ほどのルクスと同じように苦しみ始めた。

「嘘でしょ」

リオンの顔がサッと青ざめる。
竜巻がやんだと思ったが、違った。白い霧の精度が上がり、次はデュカを飲み込もうとしているのだ。
だが近づくことはできなかった。本能が告げている。あの中に入るという事は、死ににいくも同然だと。
ここにいる誰もが、同じ事を感じているのだろう。飛び込んだところで、デュカを引き戻すことはもうできないのだと。
デュカの足元が、さきほどのルクスと同じように粒子状になりはじめる。
この光景を、リオンは知っているような気がした。

**********

苦しみながら、デュカは皆を、この世界を見た。
ああ、自分も消えてしまう。ルクスの、一緒に居たいという願いをかなえることができないままに。

(ああ、私はこの世界を愛している)
(でも、もう居ることはできないんですわ)
(折角、皆が来てくれたのに…赦してください)

想いが、あふれ出す。
だが、口をついて出た言葉は一つだけだった。

「…さようなら」

**********

「行くな…!おめー絶対許さねーからな!」

アレックスは弾かれた様に形振り構わずデュカの元へ走っていた。
なんの、躊躇もなく。

伸ばした腕の先には、消えゆく腕を同じように差し伸べるデュカ。
しかし、僅かに届かない。

「くそっ!馬鹿野郎!!!」

アレックスは足掻くように、伸ばした腕に氷を纏う。
それはバキバキと大きな結晶になり、デュカの腕へと伸び、そして…

届いた。

氷がデュカの腕を絡め取った直後、それはデュカの全身を包み込んだ。
粒子化していた体は、時間が巻き戻ったように元に戻り、ようやく届いたデュカの手をアレックスが引き戻し、抱きしめて庇い倒れこむ。彼女の白い髪が、紺碧に染まっていた。

飲み込む対象を失った白い霧は、迷ったようにその濃度を薄め、ゆっくりと拡散していく。
完全に霧が晴れた後に残ったのは、体を凍らせ横たわるデュカと、その場でデュカの名を呼び続けるアレックスだった。
| 創作覚書 | 00:05 | comments(0) |
コメント
コメントする