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帰還そして
目が覚めたら、医務室の天井が見えた。
そして、心配そうに自分を覗き込んでいる顔があった。

「アナマリア…?」
「ビショップ!!!やっと…目がさめたんですね」

アナマリアが、ぎゅっと私の手を握り、涙を浮かべて微笑んだ。

「ここ…お城…いつのまに、わたくし…」
「四日前です。色々…大変だったようですね。ずっと眠っていたんですよ…よかった」

記憶が曖昧だ。
私はこの世界に別れを告げて…それから?
そうだ、アレクさんが。アレクさんが私に手を伸ばしてくれた。
さようならと言いながら、私の腕はその手を求めてしまったのだ。
その後は、記憶が途切れて覚えていなくて…今に至る。

「皆は…皆は無事なのですか?…オルフェさんは…来てくださった皆さんは…」
「安心して下さい。皆大きな怪我もなく無事ですよ。夫も…もう回復して明後日から仕事に戻れます」
「そう…よかった。ごめんなさい、アナマリア。色々と迷惑をかけましたわ…」
「…ビショップ。大丈夫ですよ。ですから今はご自身の回復に専念して下さいね。私、ビショップが目覚めたって陛下やみなさんにお知らせしてきますから。」
「…ありがとう。」

アナマリアはあまり追求せず、私をそっとしておいてくれるようだ。今はその気遣いがとてもありがたかった。
彼女が去ると、誰もいない医務室が広く感じられた。
ベッドで起き上がり、右腕を見る。この腕は、ルクスが私から奪い、そしてくれたものだ。右腕に限らず、肌の所々に、火傷のような跡が残っていた。回復魔法をきちんとかければきれいになるであろうそれは、恐らくあの魔力に焼かれたときのものだ。思い出すとぞっとするような、痛みを覚えている。
その右腕に、まばゆい白い髪がからむ。…これが、『浄化』というものの結果。属性色の珊瑚色が失われたように、私の髪は白く…戻ったのだ。
…そうだ、あのネックレスはどこへいっただろうか。ルクスはあの石で藤色の髪を維持していたようだった。あの中へ、粒子状になった彼女が入り込んで行ったのを、藤色の石が、珊瑚色に変化したのを見ている。きっとあれも私の為だったのだ。見つけないと…

…そういえば、眠っている間、忘れていた記憶の夢をみた。
あの時は思い出さなかったが、それは幼い頃に老師の出張についていった時の記憶。
おそらく、私も「あの女」と呼ばれていた黒髪の女性に記憶を封じられていたのだろう…と思う。
あの時、私はルクスと顔をあわせていて、ルクスという名前を、彼女は名乗ってくれていたのだ。でも気づかず、その上今まで忘れていた。
あの日のことを覚えていたら…もっと違う結末にならなかっただろうか。
ああ、私は後悔しているのだ。
たった一人、血を分けた姉妹の存在を認識した瞬間、手から零れていってしまった。
彼女はずっと一人で苦しんで、それでも笑っていってしまった。
私は、遠い昔からずっと一緒にいたあの存在を間違いなく愛している。
なのに私は、何もできなかったのだ…

**********

様々なことを思い巡らせている間に、陛下が、オルフェさんが、ケンジさんやレドさん達が次々と見舞いにきてくれた。リオンさんは、特製のおじやを作って見舞ってくれた。
どの人たちも、ただただ私を心配してくれている。私は、なんてありがたい環境に身をおいていたのだろうか。

「あの、ビショップ。これを拾いました…」

その日最後に見舞いにきてくれたのは、ニナとトライアンフ、そして神官見習いのヨハン。
ヨハンが、おずおずと私に差し出してきたのは、あのネックレスだった。千切れていたところは、きれいに修理されている。

「まあ…拾ってくれましたのね」
「はい、ビショップの珊瑚色を強く纏っていましたので…」

そうか、この少年は色視能力者だった。あの状況でこの石に気づいてくれたのか。

「ありがとう。とても…大切なものですわ。本当にありがとう。」
「いえっそんな!!」

ヨハンは頬を赤らめ、縮こまった。

「大手柄じゃない。エラいわよヨッちん。」
「その能力、大切ゥーに磨いていかなあきませんねぇ。」

大先輩にも褒められ、少年はますます縮こまる。

「じゃあデュカ様、もう遅いしこれで失礼しますね。」
「明日からは立ち歩いてエエって、お医者さんも言うてはったそうですし、今日はゆっくり休んで下さいねェ。」
「ええ、今日は大人しくしておきますわ。…ありがとう、皆。」

それじゃあ失礼します、と三人は出て行った。
再び医務室が静かになる。

手元のネックレスを眺めた。直径5ミリ位の珊瑚色の一粒石が、シルバーの華奢なチェーンにぶら下がっているだけのシンプルなものだ。
そっと石を撫でてみる。カットされた石は、少しひやりとしていた。
首に下げてみると、視界の端にあった白い髪が、元の珊瑚色に染まり、なんだか懐かしく感じる。髪色が変わるのがどういう仕組みかはわからないが、これがリンクル純体という存在の特性なのだろう。
自身に流れる魔力も、今までとは全く違う。しっかり理解していかねばならない。ルクスの話をそのまま当てはめるなら、私には人の意思に介入する力や、変身能力まで備わってしまったことになるのだから。

(ルクス…)

彼女の影が脳裏にちらつくたび、心がきゅっと痛む。
近しい人を喪うのは、初めてのことだった。
この右腕に、この石に彼女が宿っているとしても、もう彼女には会えない。
珊瑚色の石をもう一度撫でてみると、冷たさは消えて温かくなっていた。

(…四日も眠っていたからかしら、なんだか歩きたい…)

そういえば、アレクさんにまだ会っていない。明日、会いに行こうか。お礼を言わなければ。お礼と、そして…

「…わたくし…」

消える覚悟をしたのに、伸ばされた手を求めてしまった自分。
真っ直ぐに、躊躇なくあの恐ろしい状況に飛び込んできてくれた彼が、こわいくらい眩しかった。
大切な友人。…いいえ、本当は、痛いくらいずっと想い続けてきたひと。

「…会いたい。」

彼は、私のことを叱るだろうか。それとも、おかえりと笑うだろうか。
気づいたら、私はベッドから立ち上がっていた。ずっと眠っていたから少し体が重いけれど、夜風に当たりたい気分だった。

(そうですわ、近いのだから中庭のベンチくらいまでなら…)

そっと、医務室のドアを開け、廊下へと出る。少し廊下を進み、二つ目の出入り口から出れば、仕事場へ続く中庭に出る。

見慣れた、いつもの中庭。いつもの星空。
星明りの下に…アレクさんが佇んでいた。
見覚えのある姿ではない。長く伸ばした髪を丁寧に編みこんでいた独特の髪型はなく、今は短く刈りそろえられていた。
いつもは隠れがちだったその首筋は精悍な線を描き、目の前にある。その首筋や腕に、所々火傷のような跡が張り付いている。きちんと回復魔法をかけていないのだろう、あれは私についているものと同じだ。彼が躊躇なくあの魔力の嵐に飛び込んだ傷だった。
心臓がきゅっと痛む。
その姿を、私は目に焼き付けた。
星明りに、美しいロイヤルブルーがなんて映えるんだろう。その青は、オーラとして立ち昇り、星空にゆるやかに融けていく。

「どうして、こんな時間に…」

転がり出た言葉に、大した意味はなかった。ただ何か声をかけねばと、それだけだった。アレクさんが振り返る。その紺碧の瞳に射られたとき、何故か幼い頃のアレクさんを思い出した。
ああ、どうして。
胸が破裂しそうなほど、言葉が溢れて零れようとするのに、それ以上の言葉は生まれてこなかった。
彼も言葉を探すように目を伏せ、唇を噛んでいる。
長く一緒にいたのに、彼のこんな表情を見るのは初めてだった。

何かを振り切るようにアレクさんがこちらを踏み出すのが見えた瞬間、私は力強い彼の腕に抱きしめられていた。息苦しくなるほど強いのに、その苦しさはむしろ心地よかった。視界の端に映る私の髪が、確かに珊瑚色に染まっていたはずなのに、鮮やかな青へと変わった。

「……もうあんなのは御免だ」

かつて、彼のこんな弱弱しい、こんな悲痛な、心が切り裂かれそうな声を…聞いたことがあっただろうか。

「…ごめんなさい」

月並みな言葉しか浮かばず、それ以外に何もでてこない。

「お前のせいじゃない」
「…いいえ。ごめんなさい。こんなお怪我をさせてしまった。それに…その髪も…」
「そんなのどうでもいい」

それだけ呟くと、彼の腕の力が強まった。
私の心に閊えていた想いは、すべて涙に溶けて流れていく。
言葉は嗚咽となり、私はアレクさんの胸元でその日初めて泣いた。

どれほどの時間そうしていただろう。
アレクさんが、優しく私の頭を撫でて言葉を紡ぐ。

「それで?俺の新作は食うのか食わねぇのか」
「…約束通り、頂きますわ」

「よし」

アレクさんは私の顔を覗き込む。その目は真っ赤になっていたけど、太陽のように眩しく笑って言った。

「おかえり」











(ラストのアレックス付近の描写は、相方リホさんの文章をベースに書かせて頂きました。本当にありがとう。)
| 創作覚書 | 23:05 | comments(0) |
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