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星の精霊は赤い夢をみるか
「……そうか。そなたが決めたことであれば、これ以上私がどうこう言うことではないな。」

ティーカップを静かに置き、国王陛下は柔らかく笑った。

「は。申し訳ございません。ありがとうございます。」

仕事に支障は出しません、と付け加え、私も紅茶を飲み干したティーカップを置く。
陛下はノートに今日の日付を書き、静かに閉じた。公的ではない些細な相談でも、細かに書き留めておかれるようなところが、この国を隅々まで潤わせていると感じる。

「よいのだ。……そうだな、乳母か手伝いを雇うといい。そなたには大いに世話になっておるからな。金銭面での心配はせずともよい。」
「お気持ちだけ、ありがたくいただきます。……私が決めたことでございますから、雇うのもすべて自分で。」

にっこりと笑ってみせれば、陛下は少し苦い笑みを返して下さった。

「……そうか。そなたは頑固だからな、何も言うまい。何かあればすぐ頼るようにな。」
「ありがとうございます。急な相談でお時間をとらせ、申し訳ございませんでした。」
「良い。気にするな。さあ、今日はもう休め。この三日間ろくに休んでおらんだろう。」
「……さすがに、今回は疲れましたね。初めてのことだらけでした。」

それはそうだろうな、と笑い立ち上がった陛下は、私の肩に軽く手を置き、ああそうだ、と呟く。

「そなたが落ち着いたら、赤子を娘にも会わせてやってくれ。きっと良い勉強になるだろうし、いつか良い友となるかもしれんしな。」
「かしこまりました。ひと段落ついたら、すぐにでもお連れしましょう。」


**********



主は不在の国王陛下の私室。私と王女殿下の間には、大きなバスケットがあった。
大きなルビーの瞳を宝石よりきらめかせながら、バスケットの中をのぞき込む王女殿下は、大変愛らしい。

「ああ、とってもかわいい。あかちゃん、こんな近くで見たのはじめてよ。ねえ、なまえはなんていうの?」
「デュカ、という名前です。」
「デュカ。きれいななまえだわ!ベルンハルトがつけたの?」

すやすや眠る赤子を嬉しそうに見つめていた殿下は、興味津々といった様子で私に視線をうつされた。

「ええ、私が。名前をつけるなんて初めてで、二週間かかってしまいましたが……。」
「わあ、たくさんかんがえてあげたのね!」
「そうですね……悩んだのですが、聖書に出てくる、人になった星の精霊の名前からとりましたよ。」
「おほしさま!星祭、きれいだものね!きっときらきらの子になるのね。」

陛下は再び赤子を見つめ、デュカちゃん、と嬉しそうに笑う。

「ああ、ちいさいなあ。お耳がふわふわだぁ。ねてるの、かわいいわね。……ねえ、ベルンハルトがお父様なのかしら?」

結婚をしない人生だったから、突然降ってきた"お父様"という響きは、何だかくすぐったいような気がする。

「そうですね、本当の父ではありませんが……おじいちゃんくらいにはなれたら、と思っておりますよ。」
「あら、じゃあベルンハルトは私とデュカちゃんのおじいちゃんね!!」
「……なんと、ありがたき幸せでございます、殿下。」

思わぬ言葉に心が温まり、頬がゆるむ。うふふふ、と嬉しそうに殿下が笑ったところで、ぎい、と扉が開いた。遅めの朝食をとった国王陛下が戻られたのだ。

「ノイズ、賢くしているか?」
「お父様!ええ、私はちゃんと賢くしてるわ。お勉強の時間、ずらしてくださってありがとう。」
「いいんだよ、先生を誘って朝ご飯を食べてきたからね。でももう少ししたら戻るのだよ。」

陛下も笑顔でバスケットをのぞき込まれ、私と殿下の三人に見つめられたデュカは、まだすやすやと眠っていた。

「はあい。ねえねえベルンハルト、あかちゃん、さわってもいいかしら?」
「もちろんです。でも殿下、優しく、ですよ。」
「やさしくね!……わあ、ほっぺたがぷにぷにね!!うふふ、いいなあ。かわいいなあ。」
「この子も、いずれはお前が治めるこの国の国民なのだよ。」

ぽんぽん、と殿下の頭を撫でる陛下。大きなルビーの瞳が、嬉しそうに輝く。

「はい、お父様。ちゃあんとお勉強だってするわ。ああ、でも、この子とたくさんいたいなあ。」
「殿下、デュカは私が育てますから、いつでも会えますよ。」
「うれしい!また会わせてね。約束よ!つぎは私の部屋にきてね。うふふ、私、ずっときょうだいがほしかっ」

「ノイズ!」

やわらかな空気を裂く大声に、私も殿下もびくりとする。デュカだけが、変わらずまだ眠っていた。
陛下自身もはっとした表情を浮かべ、すぐに、すまない、と続けた。

「お父様……?」
「陛下……」

……そうだ、まだ昨年だ。王妃殿下は、旅行中に、ある国のクーデターに巻き込まれて亡くなられたのだ。兄弟はできない。王妃殿下を失った陛下の心の傷が、癒えているはずがないのだ。

「……いや、すまない、なんでもないんだ。今日はなんだか少し疲れていてね、風邪をひいたかな?……悪かった、二人とも。さあ、今日はその子も帰らせてやりなさい。そろそろ勉強にも戻らないとな。」
「……はい、お父様。」
「殿下、次は殿下のお部屋にこの子を連れて遊びにいきますよ。」

少ししゅんとしていた殿下だったが、私の言葉を聞くと嬉しそうに笑って下さった。

「ぜったいね!じゃあ、お父様、ベルンハルト、私はお勉強してきます!またね、デュカ!」

最後にデュカに笑いかけてから、王女殿下は部屋に戻っていかれた。

「……悪かったな、ベルンハルト。ありがとう。」

扉がしまると、陛下は私を見てすまなさそうな笑みを浮かべられた。

「いいえ、いいえ……王妃殿下のこともありますから。」
「……ああ。そうか。そう、そうだったな。」
「……?」

俯き、呟く陛下の表情は、流れる銀髪に隠れて窺えない。いつもと様子が違うが、すぐにこちらを向かれた。その表情は、いつもの国王陛下だ。

「さ、そなたも休日の朝からすまなかったな。」
「いいえ、このくらいなんでもありません。では私も、戻ります。……あとで、陛下には薬湯をお届けするようにしますから、ゆっくりお休みください。城下では風邪が流行っておりますので。」
「そうか、助かるよベルンハルト。」
「それでは、失礼いたします。さあ、行こう、デュカ。」

眠るデュカのバスケットを持ち上げ、陛下に一礼をし、部屋を出た。

「妹よ、何故……」

扉を閉めるのと同時に陛下が何か呟かれたようだったが、私に届くことはなかった。
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