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国王の浸食 二
「……陛下、お呼びでしょうか。」

久方ぶりに足を踏み入れた国王陛下の私室からは、かつての明るさは消え去っていた。
荘厳な部屋の造りは陰鬱な空気を際立たせ、部屋の主の暗い影は重々しい湿度となり、さながら貴人の牢獄であった。
じとりと重い空気のなか、唯一湿度を感じさせないのは、膝をつく私を、眺める視線。

「娘は、またあの神官と一緒か」

変わらず美しい双眸にかつての柔らかい光はなく、その赤は僅かに濁り濃く、そして冷たい。本当にこのお方は私の知る国王なのかとすら思わせる。
もしかしたら、私に助けを求めておられるのかもしれない、という思いは、早々に潰された。
 
「……王女殿下は本日の公務を終えられたのち、神官のデュカを連れ城下へ向かわれました。」

本日の公務。本来であれば、目の前のこのお方の仕事であり、完璧にこなされていたはずなのだ。4年前までは。陛下が公に立つことも、執務室で書類と向かいあうこともゆるやかに減ってゆき、穴を埋めるように王女殿下が代わりを務められる。これが今のセイルーン小国の現実であった。
このお方の幸せと笑顔をお守りすることなどかなわず、私は過ごしているのだ。

「やはりな。……何故なのだ。自由にさせすぎたのか。何が間違いだったのだ。」

独り言を隠すこともなく、陛下の表情は険しくなる。美しい造形のかんばせはいくらか窶れ、その険しい影が似合っていた。悲しいくらいに。
独り言に何も返すことができず、ただ膝をつき、見上げる私を、陛下の冷ややかな視線が刺している。

「そなたに聞きたいことがあって呼んだのだ。神官のデュカについてだ。どのような働きをしているのか。」
「……あまり関わることがありませんので、妻から話を聞く程度にしか、私にはわかりかねます。陛下のお役にたてるかどうか。」
「それでよい。言え。」

このお方は、もう何かを抱え込み、隠してはいない。私の願っていた方向とは真逆に。

「先日、10歳になったばかりです。本来であればセイルーン内のスクールに通う年齢ですが、飛び級でスクールの課程を修め、現在は仕事後にアンディーブ公国のミドルスクールに通っていると。今はイリア地区の教会におり、妻の下で働いております。」
「そうか、もう10年たつのか。それで。」
「……はい。正式な神官となってからはまだ2年ほどですが、既に妻の補佐をこなしているようです。妻は感心しておりました。陛下もご存じのとおり、ビショップの下で育ち、幼き頃から神官の道を歩んでいたようですから、当然の事かもしれません。」

感情の窺えない表情。誰も望んでいない方向へ進んでしまったこのお方を見ることは、私に屈辱に似た感情を抱かせた。どうして、こうなってしまったのだ。あの時、たしかに道は開けたはずではなかったか。

「以前、妻が妊娠を知らず無茶をし、倒れたことがございました。その時、妻を助け、切れた結界を張り直したのは、デュカです。結界はかなり広範囲に及んだそうですから、高い魔力を持つようです。リンクル自体、高い魔力を持っている種族ですので、神官は適職なのかもしれません。……私がお伝えできるのは、以上です。」

陛下の愁眉がわずかに動き、間をおいて、私に問いかける。

「ビショップになる可能性がある人材だとおもうか?」

最高神官・ビショップとは、王族を除けばセイルーン小国では最高位である。国王の補佐であり、私が所属する警備隊の業務以外のすべてを統括するリーダーであり、セイルーン小国の宗教の顔だ。現在のビショップを務めるベルンハルト殿は、40年その地位におり、国を支えている。いくら神童だとしても、今10歳の子供とビショップを結びつけることなど、できるわけもない。
しかし、陛下の瞳は、私に答えだけを求めている。

「……可能性の話でしたら。ビショップ・ベルンハルトから、そろそろ次のビショップを決めたいという話は聞いております。その次のビショップの可能性でしたら、あるかもしれません。」
「待つ必要などなかろう。」
「は……?」

思ってもいない言葉に私の思考は鈍り、言葉ですらない音が漏れ出でる。
陛下が、かつての笑顔のようなものを浮かべられていた。

「3か月後、ビショップの就任式を執り行う。次のビショップはデュカとする。」

この言葉を理解するのに、そう時間はかからなかった。

「……ご自分が何を仰っているのか、お解りですか!?」
「次のビショップはデュカだ。何度も言わせるでない。ベルンハルトには取り急ぎ伝えよう、すぐに呼んできてくれ。」

声を荒げた私を気に留めるでもなく、陛下は笑う。

「私は、可能性はあると申したのです!正式な神官になって2年足らずの、10歳の子供に務まるものではありません!」
「ベルンハルトの助けがあれば大丈夫であろう。もともとビショップを退くつもりだったのだから、引継ぎのことも考えているはずだ。育ての親でもあるし、困ることもなかろう。」
「そのベルンハルトが納得するわけがありません!」

何を、このお方は何を仰るのだ。正気の沙汰ではない。経験も実績も地位もない、教会勤めのいち神官が、突然ビショップになること自体がまず有り得ないことだ。大抜擢ですらなく、誰が見ても残酷と思い憐れむだろう。

「私が決めた。納得するしないの話はしておらぬ。」
「それでもです!あなた様は、あなた様の国民のひとりに、年端もいかぬ子供に、とてつもない重責を負わせようとしておられるのですよ!?」

陛下の、笑顔のようなものが、消えた。

「警備隊長、オルフェ・ヴェンデルローズよ。これは王命である。」

落ち着いた声が、重い空気に落ちる。
それはじとりとした空気に融け、もうこのお方には私の声が届かないことを思い知った。

 
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