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国王の浸食 三
「警備隊長に、現副隊長である、シルヴィア・ヘルムフリートを推薦いたします。」

もう表舞台に出ることがなくなったセイルーン小国国王は、椅子に座ったまま、私をただ眺めている。
視界の端には埃をかぶった小さなワインセラーがあった。使われている様子はなく、温度を保つための魔石は、取り換えられることなく朽ちていた。
私は、何もできなかったのだ。
 
「本人とは話を済ませております。若き力で、ビショップとともにこの国の双璧となってくれるでしょう。」

かつて輝いていた赤い瞳は、澄んでいた。何も映さず、何も宿していないからこそ。
昨年までは、わずかとはいえ、まだ国王としてのおつとめをされていた。もう記憶の中にしかいない、かつての陛下に一縷の望みをかけて、10年近く警備隊長として生きてきた。

「私は今後、警備隊の副隊長として、この国を支えてゆきたいと考えております。」

今や、国王の責務を代わりに果たすのは、若き王女殿下。国は潤い、人々は笑いあう。もうこの国を導くのは、国王ではない。

「……以上です。この件は、後ほど王女殿下にお伝えいたします。」

警備隊長と最高神官の任命は、国王にしかできない。だが、いまのセイルーンの実情では。

「……。……そうか。」

ようやく、陛下は口を開かれた。私の話は理解されているようだが、心が動くことはないようだった。膝もついていない私は、ただ立ち尽くすことしかできない。
「すっかり毒が抜けちゃったけど、魂も抜けちゃったのかしらね」と、無理に笑っていらしたのは、王女殿下。あの若い方は、昔の陛下のようにこの国を想い、治めている。その隣にはいつも、重責に潰されなかった若き最高神官の姿があった。
眩しいと思った。彼女らは、かつての陛下と私だ。この眩しく、瑞々しく若い力には、自分よりも、自分の片腕である若者が相応しい。この国を愛しているから警備隊をやめるつもりはないが、私はこの立場にいるべきではない。

「……すべて、任せる。」

平坦な声には何の色も乗らず、面窶れしかつての精彩はない。
このお方ももう、この国の上に立つべきではないのだ。
このお方の一番近くで、この国を支えるために、私は警備隊長に上り詰めたのだ。
そして私は、このお方から逃げるのだ。

それでも。

それでも、あなたとの間に、たしかに在った友情は。

「……来年、私は結婚して10年を迎えます。」

最後の弱き繋がりに、縋り祈る。

「その日には、あの時のワインをお持ちいたします。約束、です。」

一番の友が、どうか静謐の裡に消えてしまうことのなきよう。




国王が崩御されたのはこの翌年の事で、約束が果たされることはついになかった。
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