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薄氷のフォスフォラス 一
ぴいちく、ぴいちく。かわいらしいさえずりで、部屋の主・デュカはゆるゆると瞼を開けた。
ベッド横の開けっ放していた出窓に、3羽の小鳥がとまっている。

「おはようございます。いつも早いですわね……。」

目をこすりながら、デュカは大きなベッドを降りた。
キャビネットの上の小さな紙袋を開け、隣に置いていた小皿に中身を移す。さらさらと流れるパンくずがすべて入ったのを確認して、こぼさないようベッドに戻り、それを出窓に置いてやった。

(今日は休日、スクールはおやすみ……)

パンくずをつつく小鳥たちを見ながら、今日はどうしようかしらとぼんやり考えているところに、ドアがノックされる音が響いた。
 
「デュカ、起きているかい。」
「老師!起きていますわ、すぐにあけますわね。」

デュカは、ぱっと飛び上がり、ガチャリとドアをあけた。そこには、制服姿ではない老師・ベルンハルトが立っている。よそゆきのパリッとしたシャツの白がまぶしく映る。

「おはようございます。お出かけですか?」
「おはよう。今日はね、10時半から……仕事というほどではないのだが、国王陛下とお話があるのだよ。そのあと昼食をご一緒させていただくのだ。」

首を傾げたデュカの頭を、ぽんとひと撫でし、老師は笑う。

「今日は王女殿下もいらっしゃるそうだよ。昨日焼いたケーキを持っていく約束なのだが、デュカも一緒にどうだい。」
「よろしいのですか?ぜひ!」

王女は、デュカが赤ん坊だった頃から、時々一緒に過ごしてくれていた。身分を考えればなかなかありえない関係だが、国王に一番近い臣下のもとに突如赤子が転がり込んできたのだから、流れとしては当然かもしれない。年の近い友人を作りづらい立場の王女にとって、デュカは妹のようなものだった。デュカのほうはといえば、老師にきちんと言い含められているので、姉のように扱うことは決してなかった。だが、表に出さないだけで、姉を慕うような気持ちは抱いていて、大好きな人のひとりだった。最近はお互いにスクールや勉強などがあり、昔より一緒にいる時間は減ったので、老師が時々こういった時間を作ってくれるようになっていた。

「では、準備をしたら降りてきなさい。先に朝ご飯を食べに行こう。フレックさんのお店の今日の朝食が、ポテトのパンケーキだそうだよ。」
「うれしい!すぐに準備しますわ。」

ポテトのパンケーキ、といったところで、デュカの目が輝いた。それを見て老師はにっこりとし、1階にいるからねと言って階段を下りて行った。
ポテトのパンケーキは、じゃがいもがたくさん入った日の、フレックの店の隠れた人気メニューだ。マッシュポテトをたっぷりと使ってこんがり焼き色をつけた、厚みのある小ぶりのパンケーキ。ほくほくとしてほんのりと甘みのあるシンプルなそれに、たっぷりの厚切りベーコンと目玉焼きがのせられ、ハーブのサラダと季節のジャムが添えられる。じゅうじゅうと焼かれたベーコンの油を吸ったパンケーキは格別においしくて、デュカも老師も大好きなメニューだ。早朝の散歩でフレックといつも顔をあわせる老師だから、ポテトのパンケーキはほとんど逃したことがない。

身支度を済ませると、出窓の小鳥たちは食事を終え、羽繕いをしていた。今日はもう閉めますわね、と小鳥たちを優しく追い払い、窓とカーテンを閉めたデュカは、鞄をつかみ部屋を出た。



**********



「そうか、来年からはそういう試みも良いかもしれぬな。」
「はい。国外からの観光客は年々増えておりますので、喜ばれるでしょう。」

国王の執務室の隣には、国王が休憩などに使う部屋がある。
低めのテーブルとソファが置かれたその部屋は、ちょっとした相談事にも向いていて、いまはまさにその用途で使われていた。部屋の隅のソファでは、デュカと王女・ノイズが、大人たちの邪魔にならぬようおしゃべりをしている。

「我が国は星祭で成り立っているからな。現場の神官の意見を聞き、良いものは積極的に取り入れてゆきたい。そなたはしっかりと橋渡しをしてくれるから、頭が下がる。」

昨日老師とデュカが焼いたブラックベリーのパウンドケーキは、昼前なので小さめにカットされてお皿に収まっている。国王と老師の分にはラム酒が薄く塗られ、ノイズとデュカの分にはバタークリームが添えられていた。
老師はティーカップを置き、笑顔を浮かべる。

「これもビショップの務めでございますから。伝統を守るために新しき風を取り入れる、陛下が指揮をとってくださるからできることですよ。」
「長い間この国を見てくれているそなたに、認めてもらえるのは、嬉しいことだな。」

国王も、笑いながらティーカップを置き、ふと真剣な顔つきで老師を見る。

「やはり、引退する気持ちはかわらぬか?」

国王の視線を受け、老師は居住まいを正す。

「はい。40年近くビショップを務めさせていただいておりますが、私も今年で101歳です。人間よりも寿命は長いとはいえ、老いぼれは老いぼれです。そろそろ、若い者に任せたいと思っております。」
「そうか。そなたには本当に世話になっているから、寂しくなるな。」
「神官はまだ続けさせていただくつもりですし、次の人材を見極める時間も必要ですから、まだまだ陛下にはお世話になりますよ。」

ははは、と笑う国王につられて、老師も笑った。
部屋の隅のソファでおしゃべりをしていた少女たちは、笑う大人たちを見て、顔を見合わせ首をかしげている。

「ビショップに相応しい人材はいそうか?」

パウンドケーキを一口食べ、国王は老師を見た。老師は少し考えたあと、紅茶を一口飲み、答えた。

「相応しい、という意味では3名ほどいるのですが……。」
「何か問題があるのか?」
「問題は無いのですが、皆尻込みしておるのですよ。私が長くこの地位にいたことも理由でしょうな。」
「……なるほど。私でも国王になってまだ7年だ、さすがに40年のキャリアを前にすると尻込みする気持ちはわかる。」

くつくつと笑う国王に、老師は心底困った顔をした。

「しかし、このままですと45年50年と、余計に年数が長くなって、私はこの国のお化けとなってしまいます。」
「お化けか!ははは、そうなればデュカに退治でもしてもらわぬと困るな。」

大人たちを見ていた少女たちだったが、退治と言われて慌てたのはデュカだった。

「わ、わたくしが老師を……?」
「大丈夫よデュカ、あれはお父様の冗談だからね。」

そうなのですか?と王女を見上げるデュカ。その光景をまた、大人たちは優しく見守っていた。
少女たちの皿のケーキがすっかり無くなっているのを見て、国王は二人に「こちらへおいで」と声をかける。
前に並んだ二人の頭を撫でたあと、ソファに少女二人分のスペースをあけ、国王が座りなおす。王女はデュカの手を引きそこへ座り、デュカは少し考えたあと「失礼いたします」と言ってその隣に座った。

「ベルンハルトがあと10年頑張ってくれたら、そなたが次のビショップになれるかもしれぬのにな。」
「10年では足りませんぞ、陛下。最低でも20年です。神官見習いですらないのですからね。」
「はは、わかっておる。そうだな、神官見習いになれるのは数年後か。」

セイルーン小国の神官になるには、まず神官見習いを一年勤め上げなければならない。それを経て神官の試験資格を得ることができるが、そもそも神官見習いになるにも難しい試験があり、義務教育課程を修了しているのが条件である。セイルーンの義務教育は10歳までだが、その後は隣国のミドルスクールに通うことが推奨されている。そのために、神官見習いの試験に挑む者のほとんどは、15歳前後の少年少女だった。

「そなたは、今年で……6歳か。ノイズが今13歳だから、今のノイズよりももっと大きくなってからだな。楽しみにしておるぞ、デュカよ。」
「陛下、それなのですが……デュカには、来年、神官見習いの試験を受けさせようと考えているのですよ。」
「……なに?来年?」

国王は目を丸くして、目の前の獣人の神官を見た。

「はい。来年早いうちに義務教育課程を修了しそうだと、スクールの方から連絡があり……。修了後は隣国のミドルスクールに通う予定なのですが、本人の希望もあり、神官見習いの試験を受けさせるつもりでおります。」
「……そうか。確かに資格はある。そうか、そなたは神官になりたいのだな……。」

国王の視線を受け、デュカは背筋を伸ばした。

「はい!わたくし、いつか老師のようになりたいと思っております。」

幼い子供に似合わぬ意志の強い表情に、国王は頬を緩めた。デュカの隣で、王女が誇らしげに微笑んでいる。

「こんな所にも、若い力が着実に育っておったのだな。いや、英才教育の賜物か……ベルンハルトよ、良い人材が居る。素晴らしいな。」
「そうだとしても、あと20年は早いですからな。」
「わかっておるわかっておる。デュカよ、ベルンハルトのように立派な神官を目指すのだ。いつか娘も、私のように王となる。その時は、ノイズを支えてやっておくれ。」

国王の言葉は6歳の少女には重いものだったが、その笑顔はとても優しい。
少し緊張しながら「がんばります」と答えたデュカを、国王も老師も穏やかに見つめた。

正午の鐘が鳴る少し前のお話。
 
| 創作覚書 | 16:15 | comments(0) |
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