<< 薄氷のフォスフォラス 一 | main | 薄氷のフォスフォラス 三 >>
薄氷のフォスフォラス 二
(私にできることは、何だろう。)

ホットミルクの入ったカップを手に、デュカは窓から星空を見上げ、考え込んでいた。
 
神官見習いを経て、正式に神官となり、城下町でいちばん南にある教会に配属され、1年と少し。
今日はスクールの日ではなかったので、仕事が終わったあとは、王女に誘われ城下町を歩き、夕食をとってきた。
帰宅してみれば、家の主である老師はいなかった。今日は忙しいから城に泊まるかもしれない、と言われていたデュカは、22時をまわっていることを確認し、扉にかんぬきをかけ、湯あみなどをすませ、今は自室でひと息ついている。
神官見習いになってしばらくしてから、国王はよく体調を崩すようになったらしい。大きな病気ではないようで公にはされていないが、王女が国王の代わりに公務をこなすことが増えた。老師はその補助をしており、今日のように城に泊まることがすこしだけ増えたから、デュカは城の事情をなんとなく知っている。

カップから立ち昇る湯気を吸い込み、ミルクをひと口啜る。

王女は、忙しい。しかし、城下町へのお忍びも含め、王女がデュカと顔を合わせることは、むしろ多くなった。
デュカ自身も、神官の仕事とミドルスクール通いを両立させているので、それなりに忙しい。だが、王女が自分との個人的な時間をとりたがっているのは感じていたし、大切な人からのその気持ちは嬉しかった。
幸い、デュカが通っているミドルスクールは、通常のクラスではなく、様々な事情で昼間に通えない者のためのクラスだ。週3回、18時〜22時までの夜間授業がある。科目は通常のクラスに比べると多少限られているものの、アンディーブ公国最大の国立大学に附属しているために生徒の数は多く、通常のクラスとかわらない授業を受けることができた。ミドルスクールの課程をほとんど終えてしまった今、週3回のうち2回はハイスクールの授業を受けている。大きい学校だからこそできることだ。
スクールがない日は、仕事が終わったあと王女と過ごす。お忍びについていくこともあれば、部屋に王女が遊びにくることも、逆に王女の部屋に呼ばれることもあった。二人で勉強をしたり、夕食を共にしたり、他愛もない話をする。

蜂蜜の入ったミルクが、デュカの小さな体をあたためる。

お忍び用の服を纏った王女は、今日は少し疲れた顔をしていた。
「お部屋で休まれた方が」とデュカは心配したのだが、王女は、「あなたを使っているようでゴメンね。でも、できるだけ誰かと一緒にいたいからいいの」と外出を望んだ。「その誰かがデュカだったら、私は嬉しいし楽しいのよ」とも。
あまり歩き回らせないよう、城下町を歩くのはそこそこにして、噴水広場のベンチで話をした。ひと月前に片方が壊れてしまった一対の噴水は、修繕よりも新しく作り直した方がいいかしら、そういえばあのお店はどこへ移転したの、なんていう、他愛もない話を。

窓から見える星空は今日も綺麗で、デュカを見つめて瞬いている。

王女は、忙しくなった原因の国王のことで悩んでいる。詳しいことはわからないけれど、デュカはそう確信していた。
2年ほど前に長い髪を突然ばっさりと切り、「短くしてみたかったのよね」と笑っていた王女。その日は、王女が呪われた日でもあった。多分そのあたりから、ゆっくりと、何かの均衡が崩れていった。当の国王は、体調を崩しがちになったせいか顔色が悪くなり、以前の暖かい雰囲気はすっかり消えた。デュカを見る優しかった目も、冷ややかなそれに変わった。まるで別人のように。

王女は、忙しい。
国王の様子も、おかしい。
たぶん、老師はそのことに気づいている。

(私にできることは、何だろう。)

いくら考えても、いち神官に過ぎないデュカにできることはない。

(……せめて、殿下の気がまぎれるように、お傍にいるのがいいはずですわ。)

少しぬるくなったミルクを飲み干した。
星が、瞬いている。

 
| 創作覚書 | 18:31 | comments(0) |
コメント
コメントする