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薄氷のフォスフォラス 六
噴水広場沿いのカフェレストランの、窓際の席。
入ったことない店だったけどうまいな!と、嬉しそうにローズマリーのハンバーグを頬張っているのは、昨年知り合った友人・アレックスさんだ。
今日は休日。そして、1年で1番大きい城下町バザーの日だ。本来であれば私は出勤している筈だったけれど、制服ではなく私服を着て、海老のジェノベーゼを味わっている。
 
先週、仕事が終わった執務室にアレクさんがやってきた。「城下町バザーを案内してくれ」と言う彼だったけれど、その日は2日とも仕事で、断ろうとした。しかし、その場にいたアナマリアが、「ビショップ、土曜日だったら代われますよ」と言ってくれて、バザーの初日にアレクさんを案内する……ということで話がまとまったのだ。バザーまでの忙しさと比べ、当日の最高神官執務室はかなり時間に余裕がある。いまごろは、息子さんたちと一緒に執務室で過ごしているだろうか。

「お前、ほんっとーに忙しいよなあ。ちっこいのに。」

ちぎったパンでハンバーグのソースをすくいながら、アレクさんが呆れたようにそう言った。

「ちっこいは余計ですわ。大きいバザーですから、いろいろと準備や調整がありますのよ。当日は現場のほうが忙しいですけれど。」

ザワークラウトのスープを頂きながら、窓から見える噴水広場を眺めた。
星祭の比ではないけれど、城下町バザーは夏のセイルーンに多くの観光客を呼び寄せる。城下町こと首都・アラチェリは、セイルーン小国で一番人口密度が高い。そこへ観光客が訪れるので、今日の広場はとっても賑やかだ。

「いや、違う違う。ここんとこの話じゃなくて、ずっとだよ。仕事終わってもなんじゃかんじゃ予定あるだろ?」
「それは……そうですけれど。」
「こないだだって、約束してたのに王様に呼ばれてメシいけなかったし。いやまあお前はお偉いさんだから色々あんのはわかってっけどよ。」

ギクリとしたけれど、なんとか平静を装う。バザーを案内してくれと言われた前日、夕食の約束をしていた。

国王陛下の狂気を知って3年。その狂気は増していたが、ある程度のサイクルがあることがなんとなくわかってきた。
夜、ノイズ殿下の私室に向かい、その奥の鍵がかかった寝室の前で殿下を呼び続ける。
朝、ノイズ殿下をご自分の私室に呼び、何故髪を伸ばさないのか問い詰めようとする。
夕、仕事が終わりノイズ殿下を迎えに行けば、必ず陛下がいて、睨みつけられながら私が殿下を連れ出す。
こんな感じの日が1週間ほど続き、その間はほとんど公務はなさらない。ノイズ殿下への行動がエスカレートするのは、この1週間だけだ。
その後1週間から2週間は、公務をなさることは少し増えるが、それ以外はほとんど私室にこもられている。この間の矛先は私に向く。以前の火災の事件のようなことがたびたびおこったり、仕事上の理不尽な困難にぶつかることも多く、そういった類の事は大抵陛下の差し金だった。命の危険を感じたことも、少なくない。
私が意図的に陛下の邪魔をするようになったから、当然だけれど陛下の私への恨みは強くなっていた。ノイズ殿下へ矛先を向けないための、私の行動が実を結んでいたのだ。

あの日は、陛下からの突然の呼び出しがあり、アレクさんに謝って約束は次の機会にずらしてもらった。陛下の話は仕事のことではなく、「どうすれば自然な流れで最高神官を亡き者にできるのか」についてだった。それを本人にするのだから、やはり普通の状態ではない。大抵、満足するまで話すと、急に興味を失ったように部屋に返される。流れはわかっていても、つきあわなければ矛先はノイズ殿下に向く。だから無視はできず、そちらを優先したのだ。

「あの日は、本当に申し訳ありませんでした。あんな直前にお約束をだめにしてしまって……。」
「いやそういうことじゃねーよ。あー、なんていうんだろうな。」

うーん、と唸るアレクさん。

「お前、俺と同い年なのにしょっちゅうしかめっ面してるからさあ。」

それは、気づかなかった。私はしかめっ面をしていたのか。

「そうだったのですね。気を付けますわ。」
「あーっ、だからよ!気を付けるんじゃねーの!そうじゃなくてモトを絶つんだよ!」
「……それは、善処いたしますわ。」

それもなんか違うんだよなあー、ともごもご言いながら、サラダをかきこむアレクさん。
アレクさんは私にとって、はじめての友人だ。私も昔はスクールに通っていたけれど、飛び級をしていたので同年代の友人はできなかった。少し仲良くなっても、すぐにクラスがかわり疎遠になっておわる。自分自身もあまり執着していなかった。
昨年セイルーンにご家族で引っ越してきたアレクさんは、お母様が城の食堂で働いている。彼と初めて出会ったとき、私は子供用の酒(正確には酒というよりも、特殊な薬湯なのだけれど)に酔っ払った情けない状態で、城まで送り届けてもらった。あれは、本当に失態だった。あまり思い出したくない。
そしてそれ以来、アレクさんとは度々会うようになった。食事をしたり、お茶をしたり、アレクさんがスクールで貰ってきた課題を教えたり。仕事と国王の狂気に追われる日々に、それを忘れさせてくれる光がさしたような、そんな人だ。
仕事に関係ない所で友人を持つことは大事だったのだと、14歳になって初めて知った。

「プリンのハーフ&ハーフ……天才すぎるな。」

セットについてきた食後のデザートは、小さめのプリンとホットのハーブティー。しっかり固いのとふるふる柔らかいのがくっついたプリンをつつくアレクさんは、本当に嬉しそうで、こちらまでなんだか嬉しくなる。

「ん?なんだよ何笑ってんだよ」
「あら、失礼。あんまりにもアレクさんが嬉しそうなので、思わず頬が緩んでしまいましたわ。」
「お前も喜べよダブルのプリンだぜ?」
「喜んでますわよ。」
「顔にぜんっぜん出てねーぞ!」

私も本当に喜んでいるのだけれど、まあ彼の表情の変わり方からすれば能面みたいなものかもしれなかった。ころころとかわる表情は、見ていて飽きない。

「こんな仕事をしておりますから、感情を強く出すのは苦手ですわね。そのせいかしら。」

ふーん、そんなもんかね……と言いながら、アレクさんはプリンの上のさくらんぼを口に運ぶ。

「つーかお前さあ、なんでその年でそんな仕事まかされてんだよ?前から思ってたけどさ。」

お若いのに、などと遠回しに言われることはよくあるが、ストレートに聞かれることは久しぶりだ。たしかに異様な光景ではあるから、そう思われることはおかしくはない。だが本当の理由なんて勿論言えるわけもなく。

「……色々ありまして。でもまあ、主な理由は、あまりにも優秀だったからですわ。」
「うわ、かーわいくねーの!」
「それで結構です。……もともと、育ての親がついていた仕事ですし、神官になるのは当たり前だと考えていましたので。」

神官になるのは当たり前。自分で言ってから、昔似たようなことを考えていた気がした。

「親の敷いたレールを……みたいなヤツ?」
「そういう訳ではありませんけれど……それ以外考えたことがなくて。」
「ほかにやりてー事なかったのかよ?」

やりたい事。スクールに通うのは楽しかったが、あれは学ぶのが楽しいという感じだったし、趣味らしい趣味といえば、読書、散歩、植物の世話……。並べてしまうとあまりにも当たり障りのないものばかりだ。
やっぱり昔、こんなことを考えたことがあったな、と考え、ふと思い出す。
ビショップに任命された、と言われたときのこと。老師に国を出てもいいのだと言われたあのとき。今の生活と違うことをする可能性は、未知の世界だった。
こんなに日々せわしなくて、考えることは沢山あるのに、私の世界は狭いものだった。この狭さで精いっぱいだった。なのに、アレクさんといると、なんだか世界が広がったように感じて、何か新しいことをしてみたい気分に……なるような気がする。

「……アレクさんは、何かあるのですか?やりたい事。」
「ん?たっぷりあるぜ!!菓子作りとかうまいメシ開発とかスポーツとかアクセの作るのとか!美容師とかもチャレンジしたいな。ヘアアレンジが奥深い。ああそうそう漬物とかも最近ハマってる。さっきのスープのザワークラウトとかさあ。いやアレは漬物じゃないんだっけ?まあいいか、やりたいことなんてたくさんあるから将来何をするか迷うくらいだな。全部やってもいいな。」

忙しく表情を変えながら語る彼は、キラキラと輝いている。様々な可能性がある、ということは、楽しいことなのだろうか。やはり、私には未知の世界だ。

「アレクさんなら本当に全部できそうですわね。」
「そうだろ!何しろ俺だからな!っし、ごちそーさん!ここいい店だな。っつーか、地元民は流石よく知ってるな。」
「ふふ、この国で育ちましたもの。いくらでも聞いてくださいな。……ごちそうさまでした。出ましょうか。次の地区をご案内しますわね。」

会計を済ませ、店を出た私たちは、人波に流されないよう歩き始める。



**********



少し歩いた私たちは、イリア地区にきていた。バザーをしているこの場所を見るのは、久しぶりだ。ちょっとだけ、懐かしい。
城下町全体が会場になる夏のこのバザーは、家庭の不用品から限定の教会グッズ、アマチュアのハンドメイド作品、食品は材料も完成品もあり、職人の作品まで、商品が幅広いことで有名だ。地区ごとにおおまかなジャンル分けがされていて、この地区は、調理関係の品物が中心だ。食器や鍋、カトラリーに、愛らしい模様の布巾。こだわりの包丁に、有名職人が編んだパンかご、なんと調理台や焼き窯まである。見本の窯がいくつかあり、そこで焼かれたパンが配られていて、気に入ったものを購入したら、後日工事の予約ができるようになっている。大きな買い物だけれど、意外と人気のようで、私がビショップになった頃から毎年出店している。

アレクさんが顔をキラキラと輝かせて、製菓用品のテントを覗いている。ケーキを作るのがお好きだと聞いているから、こういうものはゆっくり見ていただいたほうがいいかしら。そう思い私は彼から少し離れて、教会の前のテントを覗いた。

「あっ、デュカ様!珍しいですね、お休みですか?教会クッキーどうぞ!」

私と同じくらいの背丈の神官が、奥の教会からひょっこりと顔を出した。この教会を任されているニナだ。正式な神官になってからはまだ3年だが、その前は警備隊に8年所属し、班長を務めていたそうで、とても頼りがいがある。会議でよく顔を合わせるので、彼女の仕事ぶりはよく知っている。

「ありがとう。素敵なラッピングですわね。今日は、アナマリアが仕事をかわってくれましたの。たまにはこうやって見回ることも大事ですわね。」
「ああ、マリりんが!そっかあー、アルぽん生まれてもう1年たつんですねえ。」

しみじみと笑うニナ。彼女は警備隊時代、現警備隊長のオルフェさんと仕事をすることが多かったそうだ。そのオルフェさんの妻であるアナマリアとは仲が良く、お互いの結婚式にも出席したとか。今は家族ぐるみのお付き合いをしていると聞いている。

「あ、デュカ様。ラッピングのことはこれ以上聞かないで下さいね、あいつ調子に乗るんで……。」
「ニナさん、今アナマリアさんの話と、僕が提案さしてもろた乙女心をくすぐりそれでいてシックにまとめてオトナの人妻の午後のティータイムにも似合い寄り添うように丹精込めて作った教会クッキーのラッピングの話しませんでした?あっ、ビショップやないですか。こないだはありがとうございました!」
「あんた今奥の部屋いたわよねどんな耳してんのよ!!頭頂部からじわじわとハゲ散らかしなさいよ!!!」

ニナと同じようにひょっこりと顔を出したのは、トライアンフ。昨年旅の途中でセイルーンに立ち寄り、星祭に感銘を受けてつい先日神官見習いになったという男性だ。前回初めて顔をあわせのだが、「ちっさい神官やなあ!」と第一声から言われ、雷の魔法を思わず落とした。何故お礼をいわれているのかはよくわからないけれど、なんだか嬉しそうだ。よくわからない。

「僕はハゲませんからね!!!……あれ、ビショップ今日はデートですか?」
「デート……私が?」
「おおお……そうか、コレはそうかアレだなたしかにデートっぽいな。いやでもなあ、うん。響きはいいよな。」

いつのまにか、隣にアレクさんが戻っていた。手にはさっきまでなかった小さな紙袋。いいものを見つけたのだろう。
うんうんと頷くアレクさんだが、私はトライアンフに言われた言葉にぴんとこず、尋ねる。

「デートとはこういうものなのですか?」
「あー、いやまあ、うんいやまあ違うな!うん!ヨシ!あーそうそう俺ちょっとあっちの裏の焼き窯コーナーいきてえ!」

ぱっと笑って、パンの香りが漂ってくる方向を指さすアレクさん。

「……買えるのですか?」
「無理!でも見る!」

先いっとくぞ!とずんずん歩いていく彼。ついて行く前に、ニナとトライアンフに声をかける。

「では行きますわ。明日もありますが、頑張ってくださいましね。」
「はーい、まかせてくださいデュカ様!ゆっくり羽のばしてきてくださいね!」
「ビショップ、お気をつけて〜!今度アナm」「あんたはさっさと奥の資材運びなさい!」

賑やかさでは噴水広場にも負けないふたりのやりとりを背に、私はアレクさんを追った。



**********



「あ〜〜〜ほんっとすげーな!こんだけ見れたら色々やりたくなるぜ。」
「全部は回れませんでしたわね。2日開催の理由が今更わかりましたわ……。」
「でもだいたいの位置はわかったし、今日きといてよかった!」

夕方、噴水広場のベンチに座って、私たちはアイスフルーツティーを飲んでいた。私はシトラスミント、アレクさんはクランベリー。大人用にワイン入りもあった。
陽の光はオレンジがかり、バザーの店舗はちらほらと閉め始めている。夜通しの星祭と違い、バザーは朝から夕方まで。いまからは、レストランなんかがにぎわうだろう。

「こうアレだな、創作意欲が刺激されるな!毎年こんなんやってんだろ?いいな、俺もいつか出店してみてえな。」
「出店はそんなに難しいものではないですから、是非いつか。」
「おう!まかせろ!」

朝から城下町を回っていて、アレクさんはずっと笑ってらした。いや、噴水ライオングッズの前を通った時だけは苦い顔をしていた気もするが。どうしてこんなにキラキラと笑えるのだろう。彼が見ている世界は、その笑顔と同じように輝いているのだろうか。

「しかし、明日は考えて回った方がいいよなあ……。」
「今日もお買い物されていたようですけれど、ほかに欲しいものはありましたか?」
「あった!さっきのビーズ屋は明日絶対買いに行く。あの品揃え、店舗もあるか聞けばよかったな。あとそこの店のドライフルーツだろ、香辛料屋だろ。チロル族のセイルーン限定チョコは確定。あとは……銅のフライパン、あれすげーよかったな。ちょっと高いけど。」

銅のフライパン、と言われてフレックさんのお店を思い出す。そういえば最近ほとんど行けていなくて、あのパンケーキには遭遇できていない。なんだかなつかしい。

「銅のフライパンでパンケーキを焼くとおいしいですわね。行きつけの店で使っていますわ。」
「おお!パンケーキか、いいなパンケーキ。オススメとかあるか?」
「昔、よく朝食を食べに行ってましたの。ポテトのパンケーキがとってもおいしくて。小さいころ、大好きでしたわ。あ、もちろん、パンケーキ以外もおいしいですわよ。」
「ふーん。ポテトのパンケーキか……。……じゃあ今度連れてってくれよ!」

一瞬何か考え込んだようなアレクさんだったが、すぐに楽しそうな笑顔が戻る。

「ええ、喜んで。ポテトのパンケーキは、時々しか作られないメニューなので、うまく会えるといいのですけれど。」
「俺が行けばたぶん出る!」

自信満々の表情。完全に運だと思うのだけれど、どこから自信が出るんだか。そう思いながらも、本当になりそうな気がしてしまう。

「楽しみにしていますわ。……さ、そろそろ帰りましょうか。」
「おっ、そうだな。今日はありがとな!」
「明日はご家族で回られるのでしょう?楽しんでくださいね。」
「おうよ!おかんと妹たちとまわってくら!じゃ、またな。」

太陽のような笑顔が夕陽に照らされる。何故こんなにまぶしく感じるのだろう。不思議だ。
空になったフルーツティーのカップを握り、アレクさんが歩いてゆく。……と思ったら、こちらを振り向いた。

「この国さ、居心地いいし、引っ越してきて良かったぜ。お前は支えてるんだよな、いつもありがとよ。じゃーな!パンケーキの店は次の約束だぜ!」

そう言って手を振り、今度こそ彼は人の波に消えていった。
見えなくなってから、私も城の方へ歩き始める。人々は、レストランやカフェ、宿に吸い込まれてゆく。

よく知っているバザーだけれど、とっても楽しかった。そういえば、誰かとまわったのははじめてだ。老師は当日はお城で仕事をしていたし、神官になったら自分も教会でバザーをする側になったし、ビショップになれば老師と同じようにお城だった。
見慣れた街並みが、輝いている。楽しむ側にまわったからだろうか。アレクさんがいたから楽しかったのだろうか。友人とはすごい存在だ。あの人の隣で、同じものを見るのが楽しい。

城の前につく頃、夕陽は沈んで少し暗くなっていた。一番星がきらきら輝いている。
今夜も星はきれいだろう。
このまま、この温もった気持ちのまま、今日が何事もなく終わりますように。
そう星に願いながら、私は門をくぐった。
| 創作覚書 | 20:52 | comments(0) |
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