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星の精霊と光の女神
人になった精霊のおはなし


***
 
 
数多の精霊の中でも、星の精霊たちは、とりわけ永い命を持っていました。
光の女神ルクスさまを主とし、暗闇の中で生きて、自分の命をきらきらと輝かせるのが、彼らの役目でした。
しかし、他の精霊と違い、美しい大地で自由に飛び回ることは赦されなかったのです。
大地に憧れる星の精霊たちを見て、ルクスさまはかわいそうに思われました。
ある日、星の精霊たちを集め、ルクスさまが仰いました。

――おまえたちは、あの大地で飛び回ってみたいですか?

星の精霊たちは、皆、飛び回ってみたいと顔を輝かせます。

――わかりました。おまえたちを、大地へ降ろしてあげましょう。ただし、私が許した時だけですよ。

星の精霊たちは、とても喜びました。
そんな彼らに、ルクスさまは、一粒の種を見せられました。

――この種があの大地で育ち、立派な樹となるまで待つのです。それを楽しみにして、役目に励みなさい。

星の精霊たちは、皆で遠い大地を眺めました。楽しみだねとおしゃべりし、きらきらと夜を彩りました。
永い命を持つ星の精霊たちにとって、樹が育つのを待つのは、つらいことではありませんでした。
二百年がたち、ふたたび星の精霊たちを集め、ルクスさまが仰いました。

――おまえたち、よくがんばりましたね。今日は、あの大地へ降りるのを許してあげましょう。

ルクスさまは、星の精霊たちのために、魔力の道を作られました。行き先は、立派に育った、神樹ユグドラシルです。
魔力の道を、星の精霊たちは仲良く順番に降りてゆきました。
 
 
***
 
 
おおきな魔力を秘める神樹ユグドラシルの周りには、人々が集まり、小さな王国を作っていました。
星の精霊たちは、きらきらと顔を輝かせ、美しい大地を飛び回ります。
突然の星の精霊たちの来訪を、人々は歓迎し、王国は喜びにあふれました。

星の精霊の最後のひとりが、皆より少し遅れて道を通ってきました。
彼女は皆のリーダーなので、仲間が全員降りるのを見届けてから、降りてきたのです。
魔力の道の果てであるユグドラシルの傍には、王国のお城がありました。
お城の屋根に降り立った星の精霊は、辺りを見渡しました。
様々な色であふれた大地を、仲間たちが喜び飛んでいます。
自分も混ざろうと思ったとき、誰かがあっと声をあげました。
バルコニーにひとりの人が立ち、星の精霊を見ていました。

――星の精霊は初めて見た。とてもきれいだ。
――私も、近くで人を見るのは初めてなのです。

ふたりは笑いあいました。
飛び回るよりも、この人とおしゃべりするほうが楽しそうだなと、星の精霊は思ったのです。
人は、この国の王様でした。
星の精霊と王様は、夜通しおしゃべりをしました。
自分の役目のこと、仲間たちのこと。
空から見える大地が美しいこと、大地から見る星が美しいこと。
とても楽しい時間でしたが、気が付けばもうすぐ夜明けでした。
そろそろ、星の精霊たちは空へ帰らなければなりません。
彼女はリーダーでしたから、帰りも皆が戻るのを見届けて、最後に戻ることを、ルクスさまと約束していたのです。
それを伝えると、王様はこう言いました。

――ユグドラシルの下で、きみを見送ろう。

星の精霊は喜び、きらきらと笑います。
大地を大いに楽しんだ仲間たちは、ちゃんとユグドラシルの周りに集まってきました。
楽しそうにおしゃべりしながら、降りてきた時と同じように、仲良く順番に昇ってゆきます。
仲間たちが皆魔力の道に入ったので、最後の星の精霊は王様に笑いかけました。

――王様、楽しい時間をありがとう。
――こちらこそ。きみに会えてよかった。

王様も笑顔でしたが、人の笑顔は、精霊の笑顔とは少し違うと、星の精霊は思いました。
なんだか、ちくりとするのです。
王様は、星の精霊に尋ねました。

――きみは、これからもずっと、空で輝くのかい。

初めて見る不思議な笑顔に、またちくりとするのを感じながら、星の精霊は答えます。

――私は、あなたとおしゃべりした、あの場所からよく見えるところで、誰よりも輝きます。
――では、私は毎日、きみを見つけて語りかけよう。きみも私を見つけてほしい。

星の精霊は、せいいっぱい王様に笑いかけました。
そして、魔力の道に入り、昇ってゆきます。
振り返ると、王様がずっと手を振っているのが見えて、星の精霊も手を振り空へ戻ってゆきました。


***


星の精霊は、王様との約束通り、毎日皆よりひときわ命を輝かせました。
王様も、星の精霊との約束通り、毎日お城からその輝きを見つけ、語りかけてくれました。
遠くて言葉が通じることはありませんが、星の精霊はとても喜び、毎日を過ごしました。
そして、あのちくりとしたものを、毎日感じるようになりました。
夜が来るのが待ち遠しくなり、雲が大地を覆う日は心がちくちくとし、一日が長く短いことを知りました。
神樹ユグドラシルの成長を待った二百年よりも、夜が明けてから次の夜が来るまでのほうが、長いように感じました。
そして、きらきらと輝きながら、王様を見つめる夜は、とても短く感じました。
星の精霊は、恋をしてしまったのです。

そんな星の精霊を、光の女神ルクスさまは見ておられました。
人のこころをもった精霊が、悠久の時を生きるのはとてもつらいことを、ルクスさまはよくご存じでした。
一年経ったある日、星の精霊たちを集め、ルクスさまが仰いました。

――おまえたち、今日は、再びあの大地へ降りるのを許してあげましょう。

星の精霊たちは、ルクスさまの優しさに大いに喜び、その場に笑顔があふれました。
しかし、恋をした星の精霊だけは、不思議な笑顔をしています。
ルクスさまは、恋をした星の精霊に優しく仰いました。

――おまえは、大地へ降りるのが嬉しいですか?

恋をした星の精霊は、ルクスさまに答えます。

――はい、とても嬉しく思います。でも、大地へ降りると、何かがちくりとしてしまうのです。
――大地へ降りるときだけ、ですか?

ルクスさまは、恋をした星の精霊を優しく見つめられます。

――いいえ。大地にいた、人の王様のことを思うと、ちくりとするのです。
――それはね、おまえが、人のこころを持ったからなのですよ。

ルクスさまは、星の精霊たちを見渡されました。
そして、恋をした星の精霊に、こう問われたのです。

――おまえは、人になりたいですか?

星の精霊たちは、ざわめきました。
精霊は悠久の時を生きますが、人は百年で命を終えてしまうのです。

――ルクスさま。私は人になりとうございます。

迷わず答えたひとりの仲間に、星の精霊たちは驚き、引き留めようとします。
しかし、彼女の顔を見て、ざわめいていた星の精霊たちは静まりました。
恋をした星の精霊の瞳にあるのは、強い意志と、大きな喜びと、少しの悲しみでした。
精霊は、悲しむことをしません。その瞳は精霊の瞳ではなく、人の瞳だったのです。
ひとりの仲間を見つめる星の精霊たちに、ルクスさまは優しく微笑まれました。

――さあ、おまえたちも。今日はあの大地で飛び回っていらっしゃい。

一年前とおなじように、ルクスさまは、魔力の道を作られました。
魔力の道を、星の精霊たちは仲良く順番に降りてゆきました。


***


恋をした星の精霊は、ユグドラシルに降り立ちました。
そこには、仲間たちと、仲間たちに呼ばれた王様が待ってくれていました。
そして、光の女神ルクスさまが輝きながらそのお姿を見せられました。
王様は、ルクスさまに跪き、尊びました。
ルクスさまが微笑まれ、恋をした星の精霊に手をかざされます。すると、まばゆい光が、あふれました。
仲間たちと王様が見守る中、光に包まれた星の精霊は、人の娘へと生まれ変わりました。
王様に優しく手を取られ、娘の笑顔は、きらきらと輝きました。

――人になったおまえに、名前を与えましょう。

ルクスさまは、娘に"デュカ"という名を与えました。
デュカは、幸せな笑顔を浮かべ、はらはらと涙をこぼしました。
星の精霊たちは、喜びました。涙というものが、とても美しかったからです。
王様とデュカは、手を取り合い、寄り添いました。
小さな王国は、星の精霊たちの輝きと、光の女神ルクスさまの祝福で溢れました。


***


こうして結ばれたふたりは、毎日、神樹ユグドラシルの下で、ルクスさまと星の精霊たちに祈り、長く幸せに暮らしました。
ルクスさまは、年にいちど、美しい大地に星の精霊たちを遊ばせ、小さな国に祝福を贈られました。
人々は輝きに満ちる日を喜び合い、いつしかそれは星祭と呼ばれるようになったのです。


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人になった精霊のおはなし
 ―聖書 テネブラエとルクス第8章より―



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お前は、私に名前をくれた。
私は、お前に何を渡せただろう。
Lux

 
 
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